桜が散り始め、とっても天気の良かった4/1、母が亡くなりました。
12月に緊急入院をし、余命3〜4ヶ月と宣告は受けたけど、口調は前と変わらず、ハッキリしていたから、もっと長く生きられると思ってた…
病状や体力的な判断で積極的な治療をせず、痛みを緩和しながら穏やかに過ごせられるようにとしたものの、コロナ禍で面会が全然できない中、最後を病院で過ごす事になったのは本当に正しかったのかと思うばかりです。
救急車を呼んだ時、行かないとあんなに拒否していた母に、何度か家に帰りたい?と聞くと帰ってもしょうがないと。家に帰ったら私達に負担がかかること、自分の状態を分かりすぎるぐらい分かってたんだなと思いました。
母とケンカしてコロナ禍ということもあり、2年弱、会いに行かなかった事も後悔しています。
そんな中、4日には娘がハタチになりました。
娘は、母の病気を機に、少しずつ動き出しました。
散歩や夕飯の手伝いを再開しました。
未来に夢も希望も持てないから前向きになれないと言っていたのに、自分で通信大学を探して資料請求をし、オンライン説明会に参加し、お金以外の入学手続きをしました。
一番大きいのは、お見舞いに行きたいからと、避けてた車に、みずからパパにお願いして乗る練習をしてました。
おかげで、亡くなる前日に会話は出来なかったけど、お見舞いに行けたし、葬儀当日は行けなかったけど、前日にはお別れする事が出来ました。
12月時点の娘は、母を見送る事は無理だろと思っていただけに、本当に良かったです。
ハタチの誕生日に
飲んでみようと、当日は実現出来なかったけど、母の葬儀後、乾杯ではなく献杯で実現しました。






