私が小学生に上がり、母の行動はエスカレートしたというか完全に開き直っている人生を歩んでいたと思う。

その時の家の環境としては、当時まだ働きに行っていた暴君である父が優先であり
ご飯も風呂も全部が父優先でした。
テレビだって父が居ればその時間帯は父が見る番組を、というかリモコンを独占するのが当たり前だった。

子供は適当に済ませて、父はステーキだとかね。しょっちゅうだった。
家で焼肉をしても父が好きなホルモンしかなくて、子供にとってはなんの楽しみもなかった。

母の行動に話を戻そう。
母はその頃もよく借金取りから逃げて、家に居なくて、金が尽きたら帰ってくるを良く繰り返した。
計画的な使い方だとか全く頭にないのね、借りては返して借りては返してで貯金なんて無いし典型的な借金地獄だった。

それでも開き直るばかりで使い方が物凄く下手くそで、多分この頃から私は母に対しては反面教師としようと決めたんだと思う。
人に物を貸したり借りたりをするのが嫌いになった。

その頃、有り得なかったのが母はファッションなんかには無頓着で物凄くダサくて
靴下とかパンツは子供と勝手に共有しようとして全部を拝借してた。なので姉たちが母に対する反発も凄くてしょっちゅう怒鳴り合いが起きていた
母は水虫持ちのカンジダ?ガンジダ?まぁ要はカビ持ちのびったれ(汚い的な)だったので嫌悪しかないわな。
てか普通にありえないけどな。

それと酒癖の悪さを発揮し始めたのもこの頃で
酔いに任せて物凄く悪態をつくというか絡み出すというか、893さんもビツクリのチンピラになるから子供としてはハラハラしてた。
あまりにも怒鳴りすぎて声がヤバい事になるほどに

そして親が屑だと集まる人間も屑か変わったのが多かった
嫉妬、言った言わないの幼稚ないざこざ、金関係、男関係にだらしのない奴らばかりで
ヤク中もいたし、勘違い乙なクソババアもいたし、とにかく男好きなクソババアもいたし

私はそういう屑を見て全員消え失せろって常に思ってた。
父も母も含めてね。
くだらない人生を歩いてる屑の集まりだった


こういったエピソードを人に話して親に対する物凄い嫌悪感を言っても理解してくれる人なんて居なくて、分かってくれる人は片手程度で。
それでも親だから、親がいなきゃこの世に誕生してないから大切にしなさい、でもでも親だからーって。

はぁ?としか思いませんし、普通しか知らない人に理解してもらおうなんて私の考え方が馬鹿だったと知ってからは他人に自分の事を語るのは止めました。

母親だぞ?どんなに悪くても産んで育ててくれた人だぞ?と父は良くそう言って母を庇っていましたが

私はそれを言われる度に違和感しかなくて。

親だから自分は責任は取らないけど子供に恥をかかせてしり拭をさせて当たり前なのか?
親だから子供が親のために時間やお金、手間暇かけて動くのは当たり前なのか?

なんで?としか思えなくて。
ひとりで大きくなったと思うなよと恩着せがましく言われてきましたが
そんなの知るかよと。普通の親ならそんな事言わないと思うんだけど。

小学生高学年の年頃になると、血の繋がりが全てではないなと思い
近しい者ほど他人だなという考えを持ち始めました。

その頃から、絶対に将来は県外の人と結婚してやると心に野心を持ち始めました


④へ続く