Shallowのブログ -2ページ目

Shallowのブログ

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

明日は成人式だ。

新成人にお祝いを言わねくてはと思う。

だが、過去の20歳の自分に向き合うと、お祝いなど言えない。

我が20歳の頃の思い出は、消し去りたいくらい暗くて重い。

挫折の連続であった。

なに一つ良いことはなかった。

日本では19歳までインキュベーションで育て、20歳から実戦にならず、インキュメーションの余韻の中でさらに5年j、10年と甘やかしてくれる。

そう思うと、自分のインキュベーションは完璧な欠陥品であった。

悔やんでも仕方ない。

これも神様が与えてくださった試練であり恵みである。

神様は絶えることのできない試練をお与になることはない。

しかし、これは大人になった今であるから言えることだ。

暗くて重い闇の20歳の自分は周囲を恨み、世間を憎み、神を否定した。

理解には苦しむが、自分には闇の20歳が必要であったということだ。

これからの生き方で、必要であったと確信できるようになりたい。

いつか、20歳の時の自分におめでとうと言えるようになりたい。
時間に流されて生きている。

時間に逆らって生きて行くことってできるのだろうか。

楽しくても、ムカついても、バカバカしくても、苦しくても、悲しくても同じように流れていく。

ただスピード感が違う。

楽しいのスピードは速い。

一瞬で通り過ぎる。

自分は大半 シラケた時間を流れている。

鈍感で流れの起伏のない澱んだシラケた時間を漂っている。

一度は激流にのまれてみたい。
組織の中にいると楽だが息苦しい。

組織に属すると型にはめられる。

型に納まらないのなら放り出される。

何も悩まず型に納まれば安泰な生活を送れる。

自由を犠牲にした人生だ。

楽だが楽しくはない。

型から飛び出せば苦労は多い。

苦しさで自由は拘束される。

身動き取れないかもしれない。

自分で自由で生きる世界を創るしな自由に生きることができないのだろうか。

勝ち取るものなのか、創ることができるのか、それとも与えられるものなのか。

自由とは労苦そのものなのか。

そろそろ、型から抜け出してみようか・・・・!!
今日から仕事だ。

朝から強烈に憂鬱だった。

しかし、職場へ行くと仕事モードになった。

気が付くといつも通り、通常通り仕事をしていた。

完全に組織の歯車になっている自分に気が付いた。

このまま動かされて続けて、すり減り、取り換えられる歯車になってしまうのかと、ふと思った。

出来れば自分の思いで駆動したい。

自分が駆動して、少しでいいから世の中を良い方へ動かせたいものだ。
ドーナツ類はそれ程好きではないが、最近、もっちりリングドーナツ(セブンイレブン)が気に入っている。

それ程、オイシイ訳ではないが、なんか丁度いい。

コーヒーと丁度会う。

毎日、1個 食べているよ。

だけど、食べ過ぎに注意しないと。

プレスリーはドーナツ食べ過ぎで寿命を短くしたからね。

程々にしないとね。
年末から、久しぶりの纏まった休みが続いている。
休暇直前は、この時間を有効に使おうとわくわくしていた。
しかし、何もできていない。
なにか、いつもの事だが空しく無駄に時間を過ごした。
読書、釣り、映画とかいろいろ考えていた。
釣りは、異常な寒波と台風並みの悪天候に見舞われた。
読書は、速度が亀だった。実力と願望のギャップが大き過ぎた。
映画は、録画して溜まったアニメを見ただけだ。
物足りない。
もう少し、高尚な休暇を過ごしたかった。
いや、まだ、2日ある。