3.11で震災から6年。震災の時は警備員をしてました。震災があった当日は栗原市若柳で工事現場の交通誘導をしてました。深夜勤〜日勤の連勤で日勤の昼食も摂れない忙しさでヘトヘトになってた時に突然、揺れて「地震だ!」と思った直後に物凄い揺れで地面が裂けるんじゃないかと。立ってられない程の揺れでしたが一般車両を転びながら止めて揺れが収まるまで待ちました。あまりにも恐ろしい地震で死を覚悟しました。警察や救急が一斉に動いて工事は中止に。1時間もかからない帰り道を5時間かけて帰りました。 それから1週間後に被災地である志津川の現場に行く事になり怖いのと不安な気持ちもありましたが災害現場、被災者の為に何かしら役に立ちたくて了承し街灯もなく夜になれば真っ暗闇の場所で24時間の警備をしました。場所は45号線の志津川警察署の近くの津波で崩壊した場所に自衛隊が渡した仮設橋の警備でした。余震も続いていてやはり、怖かった。あの頃に深夜に集まってラジオを聴きながら現場に向かってたのが今でもフラッシュバックされます。地震にも未だに敏感に反応します。今は別の職業に就きましたが、この話は封印してます。