こんにちは!小路です。

 

最近ブラックな勤務体制でニュースで取り上げられている霞が関で働いた経験も、

子供が生まれてから、ゆるーい雰囲気の職場で働いたこともあります。

 

 

個人的には、仕事と人生、生活ってバランスさせる必要なんてないと思う。

 

語弊があるやもしれないが、バランスって均衡っていう意味で、そんなの中途半端になる可能性があるような状態は、私は好きではない。

 

均衡が絶対的に必要なわけもなく、何をどの割合でどう組み合わせるかではないか?

 

個人的な経験で言うと、出産後に私はその判断を本当に誤ったと思っている。

 

シッターを雇いまくってすぐ復職すりゃよかったのに、

自分と母親との関係を投影し、良き母親になろうとしたもんだから、

育児メインな全てを失った職場人生になってしまった。

 

自業自得だから致し方ない。

 

その誤りがあって、今の仕事に繋がっているから、全てはプロセスなのだと思っている。

 

でも、やりがいの搾取と言われることもあるかもしれないが、

そして行政機関の仕事に無駄の多いのは確かだし、昭和的発想と言われるかもしれないが。

 

それでも超過勤務、厳しい環境でしか得られない経験や成長があると私は思う。

 

これを他人に強要して人格否定までしていいわけではなく。

 

霞が関のことでいうと、最近有識者が霞が関の超勤削減に取り組んでいるが、

過去にそこにいた人間からすると、超勤を削減することを目的にするのではなくて、

無駄な仕事、たとえばロジやインデックスはり、なんか訳の分からない紙文化を辞めるとか、

仕事の合理化を目指すんじゃなかろうか。

 

霞が関にいるキャリア、そしてノンキャリアで意識の高い人は、やはり日本を良くしたいと思って仕事をしている。

 

超勤上等、自分の価値を存分に発揮できる場所だと思う。

 

もちろん育児や出産どうするか問題はあると思う。

 

でも、戻れる環境を価値観や制度を変えることで整えれば良いのではないかと思う。

 

特に、出産、育児に関する女性への、そして女性自身の価値観はもっと自分自身の生き方を決めて良いって言う価値観に変わって行ってもいいと考えている。

 

外堀が無いから、今問題になっている。

 

女性が出産して何となくゆるい働き方になるっていうのが幸ではなくて、

その割合を自分で決めていく強さが女性にあって良いのではないかと思う。

 

制度は待ってても変わらないから、自分で制度を変えるか、自分の生き方を変えるしかない。

 

自分ができること、自分がやりたいこと。

 

という私も、日常に埋没するし、ダラダラすることもあるし、YouTubeで東方神起を見だすと止まらないし、

まったく孤独への耐性が弱く、ほとほと嫌気がさすことがあるのだが。

 

 

でも、出産する前の自分、そして中絶した子供に会ったときに、納得した自分でいたいと思っている。