なんか、何日か友達としゃべって自分が感じたことをまとめて残しとこうと思います。


まず、しゃべる前あさみは、お母さんとお母さんの彼氏の別れ話になぜ娘の私が加えられないといけないのかわからんかったし、なんで私を巻き込むの?なんで私の心のバランスをまた崩すの?って本間に意味不明やった。



二人についてどう思っているのか二人に聞かれた時、私は包み隠さず正直に話した。子供の立場としても、一社会人としても。だって私しかできひんことやから。



でも結果、それがお母さんに悲しい決断をさせることになって、見たくない母親の母親じゃない姿を目の当たりにしないといけなくなってしまった。



お母さんが女になって、泣き崩れて泣き叫んで、一瞬頭がおかしくなったんかと思うくらいのお母さんやった。私は久々にまた家族が崩れる恐怖心で気持ちがいっぱいっぱいになって、正直かなりひるんだ。そしてやっぱりお母さんは幸せにはなれないと言わせてしまった。



私のせいでって言う気持ち、私は消えた方がいいのっていう気持ちや、自分の母親が情けない気持ち、私がこれからお母さんを支えないとっていう見えないプレッシャー、なんでこんな赤の他人の、しかも家庭をもったおっさんの為に振り回されないといけないのかっていう怒り、色々な思いが駆け巡って、泣くことでしか自分を保てへんかった。途中から泣くことすら自分で許せへんかった。



それから数日、どんなに楽しい時間もそのことが頭から離れへんかった。収集がつかんかった。
誰を信じて、誰を頼って、なにを守らないといけないのか、私の存在そのものが事を混ぜてるんじゃないか、いない方がお母さんは幸せになれるのか。


そんなことばっかり考えてた。



けど友達は違った意見をくれた。



お母さんを誰かが支えてくれてるならそれでいい。一時的であってもそれは自分にとって救いであるって考えて目をつむっておくことはそれはそれで円く収まるし、めんどくさい事態を呼ばない一つの手段であること。


家を出ることだけでは解決できない問題が多くあること。1人で暮らすなら一生戻らない覚悟と今まで育ててもらった以上、仕送りというお金が発生すること。


同じ屋根の下にいながらも自立はできるということ。


何をしたって切れないのが親子であって、こうなってしまった以上、母親が改善してくれる望みは極めて薄く、そして一生付き合っていかないといけないということを自覚すること。



そしてまた違う友達は違った意見をくれた。



きっと私とお母さんは11年前、私が家出をした時から、今日はお家に帰ってこないでって言われた時からなにも変わってなかった。




どんなに探しても探しても正解なんてどこにもなくて、正解なんて、もともとどこにもない。
自分のことは自分でしっかり考えないと。
わかってるねん。


けどやっぱ本音を言うと誰かに頼りたいし、助けてもらいたい。。。



けど誰かに入ってもらっても、それは何も解決にならへん。
そして誰も助けられへんし、やっぱり所詮他人は他人。巻き込んだら迷惑かかるし、低のレッテルを貼られてしまう。世間ってそんなもんよな。よくわかってるつもりなんやけど。。。


あさみ大丈夫かな。
1人で向き合えるかな。どう向き合ったらいいの?怖いよぅ。天涯孤独?どうすることがベスト?私は存在してていいの?




いろーんなことが頭を駆け巡って本間に収集がつかへん。



今日も仕事中にお母さんがきて、今日急にでかけることになったから適当にしといてって言いにきた。普段ならどうでもいいのに、コソコソ娘に隠れて会わないといけないお母さんと、見て見ぬふりをして跳ね返そうとする私。交わるところなさすぎやろ。
仕事中に泣きそうになってしまったわ。いつもならどうでもいいことも泣いてしまいそうやった。どこまで私の気持ちは沈んでいくんやろ。私はどうしたら立ち上がれるんやろ。あかん。本間にまた泣けてきた。感傷的になってるだけかな。



そんなに強くないよー


なんか全然まとまってないやん。もーいやだ。
考えれば考えるほど、よくわからんくなる

家族って?

家庭って?

親子って?

お家ってどういう所なん?

誰を信じる?

誰を頼る?

なにが大切?


ぁーマジ意味不明や





なーんか疲れたー



癒やされたーい



んがーー



ダーメー子ーやー



やぁー



だーれーかー



ちーん