「暑いな〜、お前、宿題は終わったのか?」



祖父は片手に麦茶の入ったコップを、

もう片方はうちわをぱたぱたさせながら

縁側に腰掛け、


畳の上で寝転んでいた私に

悪戯っぽい目をして言った。



「おじぃちゃん、こーんな暑い日に

宿題の話なんかしないでよ!

余計、やる気なくすでしょ〜」



私は祖父にふくれた顔をして見せ、

石段にあったサンダルを右足だけ履き、

左足はぷらぷら遊ばせた。



「やる気をなくさせて悪かったのう」



からりと笑い

麦茶を飲む祖父の額に汗が光る。



「そうだよ〜!勉強なんてね、

涼しくなってからやればいいんだよ!

蝉だってあんなに鳴いてるし

煩くて勉強どころじゃないよ」



「そうかそうか、

まぁ子供は目一杯遊べばいいんじゃ。

しかし蝉はそんなに煩いかのう?

ここんとこ蝉の鳴き声が減ったとは思わんか?」



急に真面目な顔で祖父が私を見つめる。

その表情は少し哀しく見えて、

何故かどきりとして目を反らした。



「そういえば・・・そうだね、

煩いって思ってたけど

聞かないと何だか耳寂しいね」



「出れんのじゃ」



「は・・・?」



私は祖父の皺の刻まれた横顔を見つめた。


「土から出ようとしても

コンクリートが邪魔をして出れんのじゃ。

約7年・・・

成長して、やっと出ようとしても

地上に出れない蝉が何匹おることか・・・。

固く暗いコンクリートの下で

死んで逝く蝉が・・・」



一点を見つめ、

そう言うと祖父は

麦茶の氷をぼりぼり噛み砕いた。



 庭に咲いたひまわりが太陽に照らされ

風に吹かれ嬉しそうに葉を揺らしている。



祖父の足の爪。

足の人差し指は親指より長く、

変な形をしている。



蚊に喰われたのか

ふくらはぎを何回も掻きながら言った。



「わしは蝉など腐るほど捕まえた。時には羽根をむしり、ぐるぐる円を描くだけの蝉を見て遊んだこともあった。」



私は思わず顔をしかめた。


「ははは・・・。

昔は皆やってたことじゃ。

今思えばかわいそうなことをした。

でもなぁ、そんなふうに蝉さえも身近に感じられん子供達もかわいそうでなぁ・・・」



遠くを見つめながら祖父は言う。


「蝉だけじゃない。いろんなことやものが変わり、いろんなものが消えていった・・・」



 森林伐採、川、きれいな空、虫・・・

祖父は指折り数えては

悲しそうに私を見つめた。



「人間は自然と引き替えに何を手に入れたのじゃろうか?便利な掃除機か?目の疲れるパソコンか?」


こほこほ咳をして痰を土に吐いた。


「いざというとき、お前達に残るのはわけのわからん知識と肩凝りと通帳に記入された数字だけじゃ。わしは鶏の卵の温もりも、夏の匂いも、蝉の羽根の薄さも、それを日に透かすとべっこう色に見える儚い光も覚えとる・・・」


懐かしそうに目を細めて祖父は微笑む。


私は悲しくなって祖父の手を急いで握った。


このしわしわの硬い手で

いろんなものを感じて生きてきたんだ・・・。



祖父の手は温かくもなく、冷たくもなく、

ただ汗と生きている血の流れを感じた。



 縁側で話をしたこと、

それは祖父の中で残って行くのだろうか・・・


ただ夏の一日にしか過ぎないのだろう・・・。



「西瓜ですよ」



後ろから祖母の柔らかな声がした。

ざっくり切り揃った赤い三角の西瓜。

滴る汁を気にもせず

祖父はかぶりつき庭に種を吐く。笑う。



 そんな当たり前の光景が幸せだった。




お線香と畳の匂い。


夏の雨の後の清々しい空気。


西瓜の種を運ぶ蟻。




ちりん、ちりん。風鈴の音。



そして・・・蝉。




 コンクリートを掘り返せば

何匹もの蝉の死骸に逢うことだろう。



私は夏が来る度祖父の話を思い出す。


コンクリートの下の蝉から学ぶ夏を・・・。

 

 



おじぃちゃんが生きていた時に
お話を聞いて、書いてみた物語。

mixiをたまたま見たら、
書いてあったので載せました。


おじぃちゃんが亡くなってから
何十年も経つけれど、
私は、毎年蝉の声を聞くたびに
この話を思い出すの。


そして、
想う。
コンクリートの下に眠る蝉を。


おじぃちゃんが問てくれた、
あの日の言葉を


大人になってなお、
自分に問続ける。


私たちは

今、何を求め


何処へ向かうのか。


その時、

この手に残るものは何なのか。


私の中には

変わらぬ答えが、ある。


それを軸にして生きている。


ぶれない。



おじいちゃん、

その想いを伝えて行けるよう、

今、
頑張ってるからね。


お盆に手を合わせに行くのではなく、

こうして事有る毎に思い出す。


それが最高の供養と知っている。

もちろん、

お墓参りはするけどね、

その時だけではなくて、


ちゃんと心に、いる。


宗教とか、

拝むものは特に無いけど

目を瞑って故人を慈しむ。


それだけで。


心が落ち着くんだ。





長くなりましたが、

読んでくださりありがとうございました。






 

 


このあとは

まぁ、ご自由に💗