
三関せりできりたんぽ鍋。
給食のおばさん🍛シングルマザ…のmy Pick
日曜日。まったり過ごしております。先日 JAから三関せりを注文して きりたんぽ鍋食べました。香りが良くて、栄養も満点。美味しかったです![]()
さて、前回 私の父親のエピソードを書こうかな と書いて終わりました。毒親育ちの私は 20歳の頃 8年ほど住んでいた団地から 母と妹とある日突然引っ越しました。昼逃げ?です。あの時のやっと父親から離れられる幸福感を覚えています。自転車で15分以上くらいの距離のとこでアパートにいきました。自転車だから たいした荷物もなく、のんきな大人の家出。
そこから私は母と妹と住んでいたアパートからあっという間に彼氏ができて、東京の方に引っ越し、25歳の頃結婚。27歳で娘が産まれ、29歳で息子が産まれました。何年も会わなかった父と 確か娘が産まれた頃に会わせた気がします。恨みはある。信用もしてないけども、初孫だったので 会いました。そこから 私は色々あり 子供が4歳、下が2歳の頃将来離婚できるよう覚悟を決め 以前働いていた場所で 週2程度働きだしました。そこで働くには 身内の力が必要で そこで初めて父を頼り 数時間娘と息子を預けていたわけです。預かってくれたお礼に美味しいご飯作ったり、リクエストのものを作ったり、普通の家族みたいで嬉しかった。でも 結局、私にしてきたような暴言を息子に吐いたり 子供の心に傷を与えかねない行動を 私の前で、私のいない所でやっていたのに気づきそこから縁をきりました。
悲しかったです。その頃は誰にも言わなかったけども 数年経ってから妹にメールでは伝えました。私が心に傷を抱え生きてきたのを知ってる、唯一の味方。もちろんキレていました。
私が住んでいる場所からそう遠くない所に母は1人マンション暮らし そこからまた遠くない所に 父は団地暮らし。だから時々ばったり会う事が 私と子供達は 若干面倒くさいような恐怖のような、そんな存在でした。
長くなりそうなので、また今度続き書きますね![]()