あなたの未来ライフデザインコーチ・本田章子 オフィシャルブログ

あなたの未来ライフデザインコーチ・本田章子 オフィシャルブログ

うまくいかないな、どうしたらいいのだろう?進路のこと、仕事のこと、子育て、夫婦・家族・職場の人間関係で、悩むあなたを応援します。スクールカウンセラー、自治体の相談員の経験があり、社会福祉士で臨床検査技師の私がお話をうかがいます。

新しい学校に赴任して、3週間が過ぎました。

無我夢中の3週間だったなぁと思います。

勤務時間が早くなって、毎朝5時30分起きの生活に、ようやく慣れてきました。

 

毎日、気持ちがいっぱいいっぱいで、桜が咲いても、チューリップが咲いても、菜の花畑を見ても、「キレイだな」と思う余裕がありませんでした。

そういう自分が、ちょっと悲しかったです。

 

私は、新しいことや変化に対して、貪欲なタイプです。しかし、、環境全部がまるっとかわって、毎日が新しいことの連続になると、さすがに、「あ~もう、おなか一杯」になって意欲が下がるんだな、と思いました。

これは新しい発見でもありました。

 

そういう私を心配して、励ましのLINEを送ってくれたり、赴任地に詳しい人を紹介してくれたりする周りの人の存在が、とてもありがたかったです。

「見ててくれる人がいる」というのは、本当に心強いことだと思いました。

 

今日、コーチングセッションを受けて、新年度スタートの振り返りをしました。

いつものように、事前に」話したいことのメモを作りながら、「私、結構頑張ってきたな、自分で自分を褒めたい」と思って、そのことも書き込みました。自分を認めることが、どこかに飛んで行っていたことに気がつきました。

 

セッションの中でのコーチからの質問は、「どうして、これらができたと思いますか?」でした。

コーチングを受けるよさは、ここにあると思います。

いったん立ち止まって考えることで、自分では無意識でやっていること、ふと気がついてやってみて成功したことを確認すると、次の時に自分の強みとして意識して使えるようになります。

さらに、仕事に一生懸命になっているがゆえに、起きている弊害にも気づくことができました。

「私が、仕事でこれだけ頑張っているのに~」と反動で家族に厳しい目をむけていたのです。

これでは、家庭内がギスギスして、言わなくてもいいことまで、口に出してしまいます。家族だから遠慮がない分、その言葉は鋭い刃となってしまうでしょう。そうなったら、取り返しがつきません。自分の気持ちを押し殺すのではなく、ネガティブな気持ちが沸き上がってきたら、どうしたらいいかも、セッションの中で考えました。

 

今日、近所の道端で、かたばみの花をみつけました。

小さくて目立たない花ですが、繁殖力が強くて、子孫繁栄の象徴として縁起の良い花で、花言葉は、「喜び」だそうです。

かたばみの花をきれいだと思えた自分にほっとしました。

 

コーチングセッションは録音して、聞き直しをしています。

セッションの振り返りをして、新しい環境でも、自分の強みを生かしながら、しっかり根を下ろしていこうと思っています。


 


 

 

今日は、3月30日。

もうすぐ新年度が始まります。

 

これまで、高校でスクールソーシャルワーカーをしていたのですが、4月から、島にある小さな小中学校に異動になりました。

車で船着き場まで行って、船に乗って通勤します。

どんな学校かな、と楽しみです。

 

異動にあたり、高校の保護者の方や先生が方から、心温まるメッセージを頂きました。

自分はこんなふうに見てもらっていたんだなと振り返るきっかけにもなりました。ありがたかったです。

普段は、「あなたのこと、こんな風に見てます、感じています」ってなかなか伝えませんよね。それを聞ける節目の時期っていいな、と思いました。

どのメッセージにも「気持ちを明るくしてくれた」「話をじっくり聞いてもらえて気持ちが楽になった」と書いてあって、とてもうれしかったんですよ。

それが私の目指しているところでしたから、ほっとした気持ちも大きかったです。

 

異動や引っ越しなど、で環境が変わることに、自分では柔軟性がある、思っていたのですが、今回は、切り替えに思いのほか時間がかかってしましました。

切り替わると早いのですが、そのスイッチがなかなか入らず、苦戦しました。

気候の寒暖差が大きくて、最高気温が27度になったり、今日は8度だったり、一週間の間に全然違っています。自律神経疲労も重なったのかなと思います。

 

休みを多めにとって、新年度に向けて、ただいま調整中。

気持ちのほうは、昨日コーチングセッションを受けて、整理がつきました。

後は、身体のほうです。

何とか、間に合いそうです!

今年はチューリップがきれいに咲きました。
冬のあいだも、地道に水やりをやってきたので、とってもうれしいです。

こうやって、花が咲くまではそれなりの時間と手間がかかることを教えてくれたような気がします。

 

新しいところでも、焦らずあわてず、あきらめずにやっていけるといいなと思っています。

今年に入って、ブログを続けて書くようになって、一日のうちでいつ書くか?のルーティーンがなじんできていました。
夜は、疲れて書けないので、その分、朝早起きして書く、という生活です。

3月当初、この調子で、3月ひと月書いていったら、「書くこと」が習慣化するだろうな、と思っていました。

 

ところが、3月の半ばに、4月からの異動が決まり、こころがざわざわしてきました。

気持が落ち着かず、文章がかけなくなりました。

以前は、異動や引っ越しに対して、苦手意識がありませんでした。慣れ親しんだ人や場所との別れはさみしいけれど、それ以上に、新しい人との出会いが楽しみだったし、場所がかわることで、自分に起こる変化に期待していたのです。

 

本質的なことは変わってないはず、なのですが、今度は、なんだか違うなと思っていました。

「新しいことに期待する人じゃなかった?」と自問自答して、「YES」と言えない自分に気持ちが沈んでいきました。

 

トンネルに入ったような気持ちの中で、過ごしてきましたが、ようやく抜けてきている感じがします。

 

きっかけは、違う角度から現状をみたことです。

私は、異動になる=ダメなこと という価値観を持っていることに気がつきました。本当にそうだろうか?と考えました。

そして、これは自分が勝手に作ったもの、という答えにいきあたりました。ダメだったら、新年度の更新自体がされないはずです。

ほかにも、自分の価値観、知っていることだけで、こうではないか、ああではないか、と決めつけている自分がいました。

 

そうした中で、過去を振り返って物事のよしあしをきめることを「判断」、未来に向けて方向性を決めることを「決断」という、という話を聞きました。

 

私は、判断だけしていて、決断に至っていなかったな、と思いました。

自分の在り方、やりたいこと、進んで行く方向を考えていませんでした。

その中では、私は自分の強みを生かせず、どんどん気持ちが落ちていく一方です。

 

トンネルを抜けて、〇〇をしたい、という気持ちがわいてきています。

これからの自分が楽しみです。

暖かくなったかと思うと寒さが戻るという今の時期、ご近所の玄関前に植えてある沈丁花が、香っています。

 

香りの強い花です。

花より先に香りに気がついて、探したら咲いているのを見つけるという沈丁花。

母の好きな花で、実家に植木鉢がありました。

 

毎日、そのお宅の前を通るのですが、今年は、いつにも増して、香りを強く感じます。

 

本を読んでいたら、「沈丁花の香りに出会うと、記憶の中の何かをくすぐられるような強烈な感覚がある」と書かれてていてなるほどと思いました。

3月という時期も、その効果に、輪をかけているのではないかと思います。春の訪れを喜ぶ一方で、卒業や引っ越しなどで、これまで慣れ親しんだところとの別れの時期です。

卒業式の日、引っ越しの日は、一瞬にして思い出せるので、記憶の中で、スペシャルなのだと思います。

 

記憶ということでは、本の編集者の方との打ち合わせがあり、いよいよ中身を書いていく作業に入りました。

全部で45000字書くのですが、どの章をどれくらいという割り振りをしました。

まずは9000字で、自分の生い立ちについて書きます。

生まれた家や育った場所を思い出しているので、沈丁花の花の香りは、記憶をたどっている今の私に、伴走してくれているのかもしれません。

 

ふと、目の前のことに気を取られて右往左往している自分がいるな、と思いました。

1年後の3月には、本が出来上がっているはずです。

そして、異動先で1年目を終えている時期です。

その時に、沈丁花の香りの中で笑顔でいたい、そう思っています。

 

沈丁花の花言葉は「永遠」だそうです。

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目が覚めた時、「わぁ、楽しかった」と幸せな気分でした。

 

パーティ会場で、なぜかオブジェが野菜で作られていて、それをみんなで分けるという設定でした。

野菜の高騰が夢の設定にも反映されています(笑)

パーティでは親しい友人のスピーチがあり、さりげなく亡くなった父も登場していました。

みんなで、わいわい、がやがやおしゃべりしたり、大笑いしたりの楽しい場でした。

その笑顔のまま、目が覚めたのです。

 

寝る前に唱えた言葉がよかったのかな、と思いました。

布団に入って開いた本の中に、自分の幸せを祈り、その後、順番に、自分の大切な人、生きとし生けるもの、自分の嫌いな人、自分を嫌っている人まで、祈っていく、くだりがありました。

自分の幸せを祈っていいんだ、と思いましたから、メンタルが相当参っているな、と感じました。

 

まずは自分が幸せでいないと、人の幸せをサポートすることは難しいと思っています。

 

本を閉じて、自分の幸せを祈り、それから順番に、祈って眠りにつきました。

 

亡くなった父もさり気なく登場していましたから、心配して出てきてくれたんだろうな、と思いました。

野菜のオブジェを解体して、みんなが持ち帰るとき「助かるわぁ」「ありがとうね」と繰り返し言われました。

その言葉がうれしかったし、私は、白菜とごぼうを手にして、満足な気持ちになっていました。

支離滅裂な場面設定ですが、確実に私を幸せにしてくれました。

 

幸せな気分を味わって、ちょっと心に余裕ができてきました。

もうだめかも、もう無理かも、と思っていましたが。それはそれでいいんじゃないのか、と思えている自分がいます。

 

自分の幸せは手放なさず、それ以外のことには固執しないことがいいのかもしれない、と思っています。

 

夢に応援されている気分です。