なんかバタバタしているうちに、開花し、満開になり、そして散りましたね。


毎年恒例の旧事務所の前


浅草お気楽夫婦の食べごろ、呑みごろ日記

西荻窪の公園


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阿佐ヶ谷の妙法寺


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中央区役所そばの公園


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日本橋から東京へ抜ける通り


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石神井川


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赤坂のホテル前


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ほとんどが仕事での撮影でした。

来年はゆっくり見たいものです。


昨年は三社祭700年催行のため、泣く泣く断念したこのイベント。


今年はしっかり2日間。すべての部に参加しました。


志賀高原のマスコットキャラクター「おこみん」


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久々に小布施の地ものや響(ゆら)さんとも再会できました。

また、多くのビールラバーズたちに会えてうれしかったです。


夫婦ともども飲んだビールの数、50+α!!


がっつりしっかり飲みました。


そして音楽も。



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ノリノリでしたよ


2日目にとった案内板


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急きょ、仕事で大分へ。



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駅前の再開発が進み、2年後には大型商業集積が完成予定。

その対策とヒントをお伝えすべく、セミナー講師としていきました。


大分といえばこの方


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大友宗麟公。駅前はガランとしていますが、堂々たる振る舞いです。

また、大分の駅前再開発の特記すべきところは病院ができるところ。

(商店街の方はこの辺りを理解されていないようだったのが残念)

高齢化にあたって、人の集まる場所を駅前に作るのがポイントですね。


早めについたので、商店街を散策。

駅から繁華街が近く人の流れを呼び込みやすい。

なかなか良い立地環境。


商店街のイメージをつかんだところで、お昼を。


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スタミナ琉球丼を注文。見た目は通常の琉球丼と変わらないような・・・

それでも価格は260円違う。にんにく代?具材?量?

何が違うのだろう。。。疑問を残しながら食事をした。


無事にセミナーは終了。これからの行動にどうつながるのか、期待しています。


年度末でアフター(?!)もなくサックリ終了し、そのまま私は福岡へ。

お世話になっている大先輩が飯塚で活動しているので、ご挨拶を兼ねて

視察しに行きました。


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次の日も引き続き飯塚で、現地の状況を教えてもらう。


商人の心意気が熱い。やはり先生の着火力は違います。


飯塚は現副総理の地元でこんな絵がありました。


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先生と来年度に向けた取り組みを検討し、一路福岡空港へ。



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福岡空港限定のビールでお疲れちゃんニコニコ






郡山を出て、一路会津坂下へ。


この間さまざまな出来事が起こる。


昨日、急きょ電話で知人の急逝を知る。

発作的に食事をのどに詰まらせ、結局帰らぬ人となった。

なんといっていいのか、本当に言葉が見つからない。


彼から見れば、私はずいぶん年の離れた部下のような立場にも関わらず、

一定の敬意を払って対応してもらい、本当に助かることが多かった。

あるグループの存続の危機を救ったのもこの方の尽力のおかげである。

あの時、この方が私の事務所にわざわざ訪れることがなかったら、

今の状況は生み出せなかっただろう。

本当にこれからという矢先の出来事。残念至極。合掌。


そして会津若松に向かう電車。強風のため架線にビニールが絡まり

1時間30分も立往生。

まあ、旅行にはこういうのもつきものだけどね。


遅れて坂下に到着。


酒屋のアニキは忙しそうに仕事をしていた。

それなのに、客人としてもてなしをしてくれる。この辺りはいつも見習うべきところ。

お隣の曙酒造さんへ。

すっかり新しくなった事務所は新たな体制の象徴。


浅草お気楽夫婦の食べごろ、呑みごろ日記

別の蔵見学者もいたので、事務所スペースで蔵元とアニキと

のんびりと雑談。

会津の話。八重さんの話。観光の話。これからの話。

真面目とジョークが入り混じった単なる世間話。

この輪に入れてもらえるだけでうれしくなる。


蔵見学者の試飲に便乗しながら、途中で退散。

久々に会津中央乳業(べこの乳)のソフトをいただきながら

雑談は続く。


夜は喜多方で元気の良い居酒屋「弦や」さんへ。

目配りの利いた接客、豊富な品ぞろえ、相性の良い料理

三拍子そろっている!


アニキの後姿をパチリ


浅草お気楽夫婦の食べごろ、呑みごろ日記

アニキの自宅に戻ってもまだまだ酒は続く。

僕らはやれることをただやるだけだ!



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午前中は時間があったのでしばし散歩。

役場には放射線量の表示計が設置されていた。

町は閑散としている。何をもってにぎわいとするかは

人によって異なる。でも、どこに行ってもなに不自由なく

生活できるレベルを維持できるお手伝いをしていきたい。


久々にお会いする酒飲み夫婦(今回はお子さんが生まれたため

、挨拶のみ)と合流して、ランチしてから、曙酒造さんの

新酒試飲会に参加した。



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孝市君が陣頭指揮を執るようになって2造り目。

味はしっかり乗ってきている。うまみを後後までどのように引き出すか。

今後のさらなる挑戦に期待したい。


参加者全員の自己紹介が始まる。

前々日にお邪魔した郡山のくしぜんの渡辺さんのコメントに涙が出そうになった。

福島の人たちは2年間を過ごし、今がある。

僕らにできることを常に考えて、これからも過ごしていこうと思った。

王羲之(おうぎし)は今でも使われる書体の多くの祖となり、それだけでなく

字をコミュニケーションツールから芸術にまで高めた人でです。



浅草お気楽夫婦の食べごろ、呑みごろ日記

あまりにも愛されすぎて、時の中国の帝(唐の太宗)にかき集められ

死んだときに一緒にそのままお墓へショック!


今では王羲之の真筆はなく、模本(他人による筆)や拓本(石碑などから

魚拓のように写したもの)しかありません。


なぜ、彼はそれほどまでに影響を与えたのか、そして時の帝をはじめ

多くの人に愛されたのがルーツをたどる展覧会でした。


最終日ということもあり、大混雑でした。

自分たちの生活文化のルーツを辿るのは本能的に興味・関心が湧くようです。


まだ時間があったので、続いてはエルグレコ展に。



浅草お気楽夫婦の食べごろ、呑みごろ日記

フェルメール同様、人生をかけて追っかけていきたい画家の一人

エルグレコ。

実は、私そんなに宗教画が好きではありません。

しかし、エルグレコには引き込まれる何かがあります。


大原美術館で見た受胎告知は忘れられません。


あのつぶらな瞳がどうして生まれたのか、エルグレコならではの画風

の原点や比較などいろいろと楽しめました。


最後の無原罪の御宿りは引き込まれます。

いつかは現地で楽しみたいと思います。


素晴らしい展覧会でした。


山形へは最近定期的に出張をしている。

とある企業の支援。現状が複雑に絡み合い、整理するのも。。。

一歩一歩やるしかない。


仕事を終え、郡山で途中下車。

2年ぶりの訪郡です。


震災直前の2011年2月にお邪魔して以来、正直会うのが怖くて行けなかったという部分もある。

あの時に話したこれからのこと、夢の話、さあという時に地震が起きて。。。

地震直後は自分に何ができるのだろうか、そればかりを考えていた。

堂々巡りしながら、原点に戻るまで時間がかかりすぎていた。

結局、切り出すタイミングを失ったというより、自分から会う勇気がなく、2年が経ってしまった。


ようやく、行動を起こした久々の訪問。

いつもと変わらないおもてなし。そして料理と酒。


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さて、これからまた私に何ができるかを考え、行動に移し続けなければならない。

3月3日は佐久間さんの会に参加。

そして、3月4日は久々!中井の寿司屋さんへ。


イベントでは何度か訪れたものの、それではこのお店を堪能できない。

しかし、体重が思ったほど減らず。。。しょぼん


逡巡したが、相方の「私のおごりで。。。」で即決ラブラブ!


久々に楽しみました。お酒も料理も。写真は相方任せ。

私はお酒記録用のみ。


(テーマ曲)PRIDE入場テーマで!

ジャンジャンジャジャン♪



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鱸やみずだこ、寿司まで堪能。

悦楽なひと時でした。


無事帰宅。えらい!

松本の帰りは途中下車の旅で。。。


甲府に立ち寄り「アウトサイダーブリューイング直営店」の「Hops&Heabs」さんへ。


駅からあること15分。トコトコ走る人



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丹羽さん渾身の1周年記念バーレーワイン(樽熟と生の2種類)

ハマグリポーター(さすがひな祭り!)


軽く飲んでさっと帰る。タクシーで。そして甲府からはバス。

お疲れさまでした。

当初の予定では3月1~5日までアメリカに行く予定だった。。。

何とか予定をやりくりし、日程の確保をしたが、キャンセル待ちが叶わなかった。


家でダラダラも選択肢だが、私の気分が乗らない。

今年に入り土日の仕事も増えてしまい、嫁サービスが不足しがちショック!


せっかく空いたので、のんびりと温泉につかることにした。

昨年は、ずいぶん松本で仕事もしたし、有効期限間近の切符もあったので、宿の検索を。

最初は白骨温泉でもと思ったけど、この時期はかなりリスキーだし、松本から行けるところを探して

扉温泉・明神館に予約をした。


久々に外に繰り出さず、宿でのんびりの予定。


新宿からあずさに乗って出発!


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水曜日じゃないけど、長野のヤッホーブリューイングが出している「水曜日のネコ」で乾杯!

道中はビール三昧。のんびりと車窓を見ながら、松本へ。


残念ながらこの日は小雨で、少し肌寒い。

直通のシャトルバスで宿に向かう。チェックインは部屋でしてもらったので、スムーズ。

明神館にはお風呂が4つあり、選択肢が多い。


まずはスタンダードな露天風呂で疲れを癒す(癒すほど疲れているのかはてなマーク

食前にワインや梅酒などをいただける。



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我々はすっかり飲む気モードのため、がぶがぶスパークリングワインを飲む。飲む。

こんな酔っぱらいの横にいたお雛様がかわいそうだプンプン


夕食は懐石料理。私のテンションがかなり高かったようで、ほとんど写真はないショック!


お酒は長野の夜明け前。シャープな切れ味でおいしかった。


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ひな祭りということでこのような器で。


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なぜか最後のデザートだけ写していた。。。


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そのまま部屋に戻り、バタンキュー。悶絶。

6時ころに目が覚め、気が付くと女将の焼きおにぎりが用意されていた。

上に乗せられている味噌がピリ辛でおいしい。


さあ、早朝から温泉三昧。

まずは名物の立ち湯。雪混じりの景色は水墨画のようで無機質だけど、
ぼんやりと眺めていると、様々なことが浮かんだり消えたり。


その後、寝湯、再び立ち湯、と堪能。

残る一つの屋外露天風呂は悪天候のため今回は利用できなかった。

残念。


しばしロビーでのんびりと過ごす。



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ガレ様の照明が置いてあったり、落ち着いた雰囲気。


朝もしっかりいただきました。



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部屋のお花もパチリ。



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たまにはお酒中心ではなく、滞在中心の旅行もいいなと思ったひと時でした。


シャトルバスで松本に戻った後は市内を散策。


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市内の有名店「あさだ」さんでそばを堪能。


地野菜の案内があった。

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市立美術館や松本城、開智学校などを散策。


また水の名所ということで井戸も数か所。

源智の井戸


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そして松本を後にして、甲府へ!



台東区内には銭湯が少なくない。

中には朝風呂をやっているところもあったりする。


町工場が多かった時代には、アパートにお風呂がついていなかっただろうし、

夜勤の人もいただろうから、朝風呂の文化が根付いていたのだろう。


とは言いながらも、浅草界隈の銭湯も必ずしも恵まれた環境とは言えない。

NHKの連続テレビドラマ小説「こころ」でよく舞台に使われていた蔵前の「梅の湯」が

ここの所、扉が閉まったままになっている。


脱衣所には数多くの撮影で使用された時のタレントの写真やサインであふれていた。

もう再開しないだろうか。あの熱めのお湯にはつかれないだろうか。


外国人さんを含め、人気が高いのが中心部にある「蛇骨湯」。

独特の茶褐色のお湯と露天風呂が特徴。

最近改装されたばかりで、お湯もややぬるめで入りやすい。


我々も年に2~3回は使用します。


それ以外にも藤棚がきれいな銭湯などなど、銭湯も浅草の魅力の一つです。