彷徨い向かったのは島根半島の東端、美保神社。 
5月5日の真夜中に斎行された「神迎祭」に参列するためです。

神迎祭と聞くと神在祭を連想しちゃいませんか?
八百万の神様が集うアレです。
事実、私がこの神事を知ったのは神迎祭をネットで検索していた時でした。
そう、神在祭を斎行する神社で、神迎祭から始まる神社ってどのくらいあるのかなって探していた時でした。6年前くらいです。
その時、ヒットした神社の一つが美保神社。
「えっ!? 美保神社も八百万の神様たちが集まるの?」と思ったもんです。


よく記事を読んでみると、「神様を海から船でお迎えする神事」とあります。
八百万の神々を迎えるようでは無いようです。


GWの後半にある神事・・・
仕事柄、休み希望を出し辛いタイミング。
そんなこんなで6年の間「参列したいな~」と思うだけでした。

そもそもこの神事、秘儀だったら参列は叶わないなと、取り敢えず美保神社に電話してみました。

神社と氏子さんによる神事のため、昇殿は出来ないのですが、拝殿前からの参列は構わないようです。
神様をお迎えになる場面も見てはいけないわけでも無いとの事でした。

聞いた手前、行かない訳にはいかなくなりましたね、と自分に理由付けて参列して参りました。


前日5月4日は仕事が長引きましたが、20時には切り上げ帰路につきました。
先ずはシャワーを浴び、歯を磨き仮眠です。

寝られない(-""-;)

暗い部屋で目を閉じ、横になりますが頭は冴え、1時間ほど寝られたでしょうか。
日が替わりAM12:30に起床しました。


出雲から1時間半ほど車を走らせ、美保神社に着いたのは2時ちょっと前でした。

楼門には灯りが見え、ああ、いよいよとちょっと感慨にふけっている時、提灯を下げ、裃で正装された方々が神社へ向かいます。氏子の方々の様です。


後を追いかけ、写真を撮られるおじさんがいらっしゃいました。

「こんばんは。」と声をかけると撮られた写真を見せてくれました。いい写真が撮れたのですね。

しばし歓談していると大太鼓の音が響きました。
開祭の20分前の合図のようです。


そして2:30、また大太鼓の音が響きます。
神事が始まりました。


参進、昇殿のあと、神さまが宿られるヒモロギでしょうか?
担がれた神輿を先頭に港へ向かいます。


鳥居を潜り、行列は青石通りを抜けて行きます。
 




港に船が待機していました。
船上には祭壇らしき囲みがあり鯨幕と榊が施されています。

行列が乗り込み船が出ます。
神楽の音が響きます。
この音から「デンチャン祭」の通称があるとか。

船を見送り岬に向かいます。
「沖の御前」から神様を迎えるとの事ですので、沖の御前に上陸されると思ったからです。



美保関突端、地蔵崎に着きました。
本殿でお話をしたおじさんが一緒です。

灯台の強烈な灯りが海の彼方を照らし、足元の岩礁を固定のサーチライトが照らしています。




おじさん曰く、そこが地の御前、沖の御前は灯台があるから大丈夫だけど、地の御前は照らさないと危ないからだそうです。

水平線にはイカ釣り漁船でしょうか?
集魚灯が列をなして見えます。

沖の御前の写真を撮りながら、しばらく待ちました。



・・・・来ないショボーン

と、神楽が聞こえてきました!

・・・・あれ?
聞こえなくなったぞ!
どこだろう?
しばらく時間が過ぎています。

もしかして!?

踵を返し港に戻ります。


車を停めて港に行くと、正に今、船が着岸するタイミングでした。

沖の御前に上陸する訳では無かったようです。




岸に着いた船から神様が宿られたヒモロギが下ろされ、絹垣で囲まれ神社へ向かいます。




青石通りを先回りしました。



ヒモロギは昇殿され、大后社に納められました。



拝殿の灯りは落とされ、薄明かりの中で神事は進みます。


巫女舞。



神事が済み退下される神官。
空が白んできていました。




念願叶った美保神社の神迎祭。
神官のみなさんはそそくさと後片付けをされ、氏子のみなさんは直会の準備のようです。



さて、どなた様が迎えられたのだろう・・・
そんな事も知らないまま参列してました。
まあ、観覧と言われても仕方ないですが。

神官さんに伺いました。
迎えられた神様は「イクタマヨリヒメ」。
ご祭神コトシロヌシの后神です。

沖の御前は降臨される場所の様です。
「しのごぜん」とも呼ばれると教えてもらいました。

美保神社の左殿は大御前、右殿は二の御前と呼ばれます。
ということは沖の御前は「四の御前」なのでしょう。「しのごぜん」を耳にした時は「死の御前」!と、脳内変換してしまい、ちょっとびっくりしましたびっくり

三は?
たぶん、地の御前でしょうね。


不思議だなあと思うのは后神を迎えるという神事。
神代の時代は一夫多妻。これは通い婚だったそうで后神をあちこちに住まわせ、夫神がその住まいに通ったそうです。

后神がお越しになるって、珍しい様な気がします。

貴重な神事でした。
なぜ早朝2:30なのか?
疑問は残りますが、何より美保関のみなさんの神事を大切にされている雰囲気が伝わってきました。
大変清々しい気分にさせて頂いた神事でした。

時刻は間もなく5時。
高速道路を使い一目散にアパートに帰りました。
その日も仕事でしたからチュー


それではこの辺で。
次はどこを彷徨いましょうか・・・