パンプキン・ミート・パイのイントロが流れながらステージの中央にせりあがりで登場する麻倉ももさんは、限りなくアイドルだった。
頭に小さいティアラをつけてピンク色を基調とした「物理的に光る」スカートの衣装は申し分のないアイドル、2,200人の観客に向けられたアイドルだった。
ガチ恋はとても面倒なもので、あくまでも対等な関係であることを了解できないとそれだけでさみしくなる。まざまざとアイドルを見せられ、1日目は2列目という席にも関わらず今までのように楽しむことはできなかった。圧倒的な物理的かつ心理的距離、麻倉ももさんにとっての一人になりたいと思っていた自分にとってはさすがにつらいものがあった。
アイドルとしての麻倉ももさんとは一体どういう存在なのか。
ライブの着替え中に流れていた映像の内容は「次に何の服を着るか、いろんな服を着てみせる」というものだった。これが結構印象的で、聖/俗の考え方を使えば、ステージ上は「聖」域であり、アイドルとして「振舞う」けど、ステージから出て、着替え室に行こうものならそこは「俗」域であり、本来アイドルとして「振舞う」必要のない空間なはず。「俗」の時間をこういった形で公開できてしまうのは、「俗」な麻倉ももさんと「聖」である麻倉ももさんに差がないから。
つまり、麻倉ももさんはアイドルを「振舞う」必要がない、いつもの麻倉ももさんでいることが、彼女をアイドルたらしめているってことになるんだと思う。そこが、麻倉ももガチ恋が他の声優のガチ恋よりもいくらか多く見えることの理由にもなりそう。すごく単純化して分かりやすく言うと、「表裏がない」って感じ。(まあ結局これも結局信仰の域を出ないのですが、、、)
上に書いたティアラをつけてピンク色を基調としたスカートの衣装は、麻倉ももさんが「着てみたい」と思い「昔どうすればこんな服を着ることができるか考えて、バレエをはじめた」とも言っているほど、彼女が「やりたい」と思っていた衣装だった。その衣装をまっすぐ受け入れられない自分は、ファンとして失格だったなと思うし、結局何もわかってなかったんだなってなる。
11月の2回のライブは、純粋に一ファンとして楽しむことだけを考えてた。
最後の曲の「星空を想えば」で「終わりにふさわしい、楽しい、笑顔バージョンの星空を想えばにしましょう!」って言っておきながらやっぱり最後にこの曲は泣けてしまうと思ってごめんねって思って見たら麻倉ももさんもなんやかんや泣きそうな表情してるのすごいかわいかったし、最終日はFanfare!!の出だしで転んで、Good Job!で歌詞をまちがえる麻倉ももさんもかわいかった。カバーで「大嫌いなはずだった。」が来たときは本当に頭抱えて膝から崩れ落ちたし、アンコール「花に赤い糸」を知らされたときは飛び上がった。
1/2200として楽しむのも全然悪くないなと思えたし、相当楽しかった。
「ひと段落」ってのは別にライブが終わったことだけじゃない。「パンプキン・ミート・パイ」発売からここまで、たくさんのイベントに行く機会があり、2年前に麻倉ももさんがうどんすきだからという理由で始めたうどん屋で、2年越しに副店長になったことも報われたし、「明日は君と。」のリリイベを部活の練習で干すくらいには打ち込んでた部活で結果が出たことも麻倉ももさんに報告できた。いろいろ麻倉ももさんを好きになってから3年間の自分の「少しでも近づく努力」がある程度報われて、それ以上は報われなかったという意味でもひと段落ついた。
アルバム40枚で接近外したなんてこともあった。
最後のMCで「「なんで私はもっとうまくできないんだろう」って悩むことがたくさんあった」って言ってくれた。彼女がイベントでネガティブな話をするのは僕が覚えてる限りではほぼない。ミリオン5thの時みたいに、MCではふざけておきながら、ブログでその心中を吐露するといったパターンがいつも。「No Distance」みたいに、ネガティブをポジティブに昇華するのは確かに彼女の得意技だけど、そのネガティブの部分があることを言ってくれたのは、あの場所が信頼に満ちた空間だったからだと思うと、少しうれしくなる。
正直ガチ恋を卒業したら麻倉ももさんオタクも卒業するんだろうなと思ってたし、ある程度そういう準備もしてた。
でも、ソロアルバム、ソロライブ、攻めた写真集を出しておきながら「これからの成長を見ていてください」なんて言われたらさすがに期待しちゃう。
one of themという意味でのオタクとして、もう少しの間は麻倉ももさんから幸せをもらおうかな。