金沢の21世紀美術館シアター21でのライブ。富山県の福野で行われるワールドミュージックのフェスティバル「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」実行委員会と21世紀美術館との共催。
メキシコ人のファン・パブロ・ヴィラは、ヴォーカルにホーミーやコーランの響き、ヴォイスパーカッション的な手法なども取り入れて、それぞれをループさせながら自分の声を重ねて行く。ひとつひとつの手法は特別なものではないけれど、それが独特の世界を醸し出す。そしてアルツーロ・ロペス”ピオ”の映像パフォーマンスがその世界を特別なものにしている。OHP(オーバーヘッド・プロジェクター)を使った影絵は私にはもうおなじみだけど、水や砂、インクを流したOHPに直接筆や指で絵を描いて行くピオの手法は、まさにインプロビゼーションだ。今回の初来日は、上海万博の途中に立ち寄った金沢だけの公演だそうだが、またぜひ体感したいライブだった。
もう1週間経ってしまったけど、日比谷公会堂で行われた第九のコンサート
井上道義指揮、N響の特別演奏会は、日比谷公会堂の80周年事業。
日本の昭和のクラシック界を支えて来たこのホールの保存、改築についてずっと支援を続けている井上氏。
確か、私が初めて行った演奏会もこのホールだったはず。オペラ歌手だった叔父が出ていたオペラ、かすかな記憶で「外套」という言葉が残っているので、プッチーニの「外套」だったのかもしれないが、定かではない。何か、薄暗い夜の場面の記憶があるだけだ。小学生になっていたかどうか、そんな記憶だ。
昭和30年代、上野の文化会館もなく、ましてやサントリーホールもオーチャードホールも、東京フォーラムもトリフォニーもなかった時代。オペラはもちろん、東京でのオーケストラのコンサートはほとんど、日比谷公会堂で行われていた。今行くと、イスは狭いし、2階のスローブは怖いほど急だし、何よりもステージや楽屋の設備や広さが足りないのは明らかだけど、間違いなく日本の音楽史はこのホールによって作られて来たと言える。
昭和初期に作られたこのホールでは、太平洋戦争中も音が途切れることはなかった。先週のコンサートは、1945年6月のN響コンサートの再現。終戦を2ヶ月後に控えたこの時期に演奏会が開かれていたことに驚くけれど、人が極限状態におかれたときに、いかに音楽が必要か、という証拠だと思う。人が人として生きるためには、文化は不可欠なものだということを、飽食に慣れてしまった私たちは忘れそうになる。
客席は、普段のN響定期を聴きにくる人たちとは少し違っていたように思う。日比谷公会堂という日本の音楽文化を支えて来たホールを、今度は客席から支えようという雰囲気があったように思う。その客席には、65年前、合唱団の一員としてそのコンサートで歌っていた92才の園田さんご夫妻がいらっしゃっていた。矍鑠としてメディアのインタビューを受けていらっしゃった。ステージ上の最高齢は89才。当日参加していた親戚を含め、みんなアマチュアとはいえ戦後大活躍した合唱団のメンバーだ。うちの親戚も83才。こんなメンバーが加わっていた合唱団も、日比谷80周年にふさわしいものだったと思う。
井上さんが日比谷公会堂の復活を提唱して行ったショスタコーヴィチ全曲演奏会同様、先日も客席は満席だった。「なにか」をなすときの井上氏の実行力、その影響の与え方はすごい。私が富山で企画した「オーケストラと遊ぼう!」というコンサートの時も、こちらの企画意図以上のパフォーマンスを提供してくださった。
そんな井上氏と、ぜひ新しい「楽しい」ファミリーコンサートを作り続けたい。ホールだけでなく、エンドユーザーに近い企業の方々にぜひお願いしたい。戦時中も音楽の絶えなかった日比谷公会堂を支えた昭和の聴衆の心意気を、今の子どもたちにも伝えたい。


公共ホールの有り様について、いろいろなところで議論がある。
結論から言って、独自の地域文化を生み出す拠点として創造的な自主事業をするべき、しかし、創造的な事業を作る人材がいない、という結論が一般的だ。

ところが、東京に戻って、いくつかの求人情報を見たり、聞いたりして、疑問がわいた。
某東京近郊の市の財団。企画制作チーフを求めていた。チーフってことは、実質的にはプロデューサーに近い仕事を求めているのだろう。チーフができるってことは、企画制作の経験が少なくとも10年くらいあるとか、今までも責任ある仕事を成功させて来たという実績が必要でしょ?
で、一般企業の初任給並みの条件だ。
公共ホールの雇い主は自治体か、公共的な財団である場合が多いけど、地方公務員や、事業仕分けで問題になっている財団役員のおじさんたちに比べてあまりにも条件が悪すぎないだろうか。

先日、コンサートで宮川涁良氏が「たいていの大切なものは目に見えない。音楽もそうだ」と言っていた。「星の王子様」に出てくるこのセリフは、小学生の時から私が一番好きな言葉だけど、
企画を作る作業も「目に見えない」もののひとつだ。
我々が企画を作るとき、原材料は全ては私たちの頭の中にある。そりゃもちろん、いろいろなパフォーマンスを見たり聴いたり、人と話したりすることがその肥やしになっているのだけど、最終的には全てが私たち自身の頭の中から生まれてくる。
日本では、目に見えないものに対する評価が低すぎないだろうか。特にお役所関係はその傾向が強いように思う。

それでも、冒頭の街は、企画チーフを雇おうと思うだけ余裕があるのかもしれない。
全国のホールではそんな人材を雇う余裕もないというところがほとんどだろう。
Off-Broadway-JAPANというプロジェクトは、そんなホールのお手伝いができればいいと思っている。
新日本フィルと宮川涁良・・・すてきな組み合わせだ。
私も企画したい、こんな組み合わせ。
新日本フィルは、私にとっては大切な仲間でいてくれるオーケストラのひとつ。
ラジオ番組で毎週ゲストに来ていただいていたメンバーも多く、
私が企画した「オーケストラと遊ぼう!」というファミリーコンサートにも出演してもらった。
このオケの人たちはとにかく「乗りがいい」。
とにかく楽しいコンサートを作ろうと思えば、普段と違うことも要求することになる。
そんなとき、出演者が楽しんでやってくれると、確実に客席にも伝わる。
時には女装してオペラを歌うメンバー、着ぐるみを着てステージを走り回るスタッフ、
ほんとによくやるよ、このオーケストラ。
宮川さんは、よくご一緒していた頃からすると
例の大ヒット「マツケンサンバ」ですっかり有名人になられた。
テレビでもおなじみのあのもの静かだけど演技力たっぷりのキャラ。
クラシックもポップスも、幅広い作品作りで人気なのはもちろんだけど、
この人の最大の魅力は、オーケストラアレンジだ。
過去の大作曲家にも「オーケストラの魔術師」などと呼ばれる
オーケストレーションの名手がいたけど、
宮川さんのオーケストレーションは本当に美しいし、
いろいろなアイディアが組み込まれていて聴いていて楽しくなる。

こんなふたつのすてきな出会い、もうすぐコンサートがある。
6月21日、午後6じ30分開演。会場は王子の北とぴあ。
www.njp.or.jp/njp/programinfo/new/index.html

日本の「オーケストラの魔術師」のサウンドを楽しめるコンサートだ。


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