youhei の母です。

今日はブログを読んでくださっている皆様に悲しいお知らせをしなければなりません。

youhei ですが、2年半にわたり病と闘ってまいりましたが、去る1月20日午前11時30分、永遠の眠りに就きました。 あと10日で18歳のお誕生日でした。

22日にお通夜、23日に告別式でしたが、本当にたくさんのお友達に来ていただき、小中高の先生方や、youhei を小さいころから知っているご近所の方々、そしてもちろん家族や親族、その他 youhei の事を思ってかけつけてくださった両日合わせると300名近い多くの方々と、大好きだった柴田淳の歌に見送られ、安らかな顔で天国へと旅立っていきました。

2004年7月にイギリスへの研修旅行から帰ってきてから程なく、「頭にこぶの様なものができてる」と言ったのが始まりでした。

それから6ヵ月半に及ぶ入院で、化学療法の後、自家造血幹細胞移植を受け、2005年3月始めに退院しましたが、1ヶ月もしないうちに頭が痛いと言い出し、再発。 入院してから高校は休学していたので、4月から2度目の1年生を始めるところでしたが、1日行っただけでまた入院。 

今度は化学療法に加え放射線治療も受け、7月臍帯血移植を受け、ちょうど100日目の10月22日退院し、その後、通院で経過観察をしていました。

しかし2006年5月頃からまた頭が痛いと言い始め、頭のMRIを撮った結果疑わしい影が脳幹の部分にあったのですが、はっきりしないという事で1ヵ月後にもう1度MRIを撮り、影が少し大きくなっているようだということだったのですが、何も治療はなされませんでした。

7月初め頃から急に症状が出始め、右足を少し引きずるようになり、ろれつも少しおかしくなってきました。 その後、患者会からの情報で、こちらから主治医に、アラノン(ネララビン)の治験への参加を依頼し、やっと治療が始まりました。(デカドロン40錠/1日)

その後いろいろあり、アラノン(ネララビン)の治験の前に、大量メソトレキサート療法を受ける事になったのですが、そのころから youhei がこのブログを書き始めたのでその辺の事は省略したいと思います。

大量メソトレキサートが効かず、アラノン(ネララビン)の治験で名古屋に行っている間の事がこのブログの中心になっているかもしれません。

結局ネララビンも効かず、また千葉に帰ってくる事になったのですが、名古屋での3ヶ月間は今となっては洋平との最後の良い思い出になっているかもしれません。

千葉に帰ってきてからも年末まで、残された治療を、本人の意思で、続けたのですが、甲斐なく上記のような結果になってしまいました。

なくなる少し前に、声が出ないので筆談ですが、「生きたい、でもだめなら、ちゃんと死にたい」と私に言ってきました。「ちゃんとってどういうこと?」と聞くと「それはわからない。」と言って、私もそれ以上は聞けなかったのですが、、、

「生きたい」と言う望みはついに叶わなくなりましたが、youhei は「ちゃんと死んだ」と思います。

病気になってからもいつも前向きに、つらい治療も泣き言を言うこともなく受け、自分の将来のためにしっかり勉強もし、去年の8月には高卒認定試験を受ける予定で願書まで出していたのですが、その20日ほど前にまた入院と言う事になってしまいました。

2度目に再発してから、養護学校の訪問指導を週6時間受けていたので、あと日本史だけ高卒認定に受かれば、亡くなった日は元の同級生の皆さんと一緒にセンター試験を受けていたかもしれません。 

今回病気になった事で、いろいろな方にお世話になり、福祉関係の道に進むのが youhei の希望でした。

養護学校の先生方には本当にお世話になりました。病院にいる間も、自宅での療養中も休むことなく来ていただき、勉強ばかりでなくいろいろな面で youhei を支えていただきました。亡くなる前日まで授業もしていただき、最後は音楽の授業で、以前にキーボードで練習していたビートルズの曲や、柴田淳の新曲、中学生の合唱曲などを聞かせていただきました。

看護師さんたちにも、千葉でも名古屋でも、本当に献身的にお世話をしていただきました。特に2度目に再発してからは、声も出ず、右半身もほとんど動かない状態で、利き手ではない左手での筆談にもかかわらず、ゆっくりと時間をかけて対応してくださった事は本当にありがたく思います。

そしてわざわざ病院まで来てくださったり、メール等で youhei を励ましてくださったたくさんのお友達、本当にありがとうございました。

そしてお通夜、告別式にも本当にたくさんの方がお越しいただき、別れを惜しんでくださいました。ありがとうございました。

同級生の皆様からいただいた色紙やお手紙等は youhei に読んで聞かせ、棺の中に収めさせていただきました。

今年に入ってからは左手にも力が入らなくなり、携帯が打てず、ブログも更新できなくなってしまいました。お友達からのメールにも返信していないかもしれませんが、そのような事情ですのでお許しください。

このブログはどうするかまだ決めておりませんが、しばらくはこのままにしておこうと思いますので、洋平への最後のメッセージ等ございましたら、皆様、どうぞ書き込んでやってください。

長文になってしまいましたが、皆様への感謝の気持ちも、洋平への思いも、書ききれるものではございません。

私も youhei におこられないようにちゃんと生きていきたいと思います。

皆さん ありがとうございました。