お酢煮込み記

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日馬富士問題について。


①この問題をどうすべきだったか

念頭に置いておきますが、私はアンチ貴ノ花ではありません。人柄については、甚だ疑問点はありますが、力士の育成力は一眼置く所があります。

この事件の於いて、一番重要なのは、貴ノ花親方 日馬富士 はたまた伊勢ヶ濱親方でまありません。当事者であり、被害者の貴ノ岩、「独り」だけです。

殴られ、傷を負い、心も痛めたことでしょう。でも、当人は「日馬富士に引退してほしい」という気持ちがあったかどうかは、分かりません。

現にモンゴルでは、「日馬富士を引退させた張本人」としてネガティブイメージで報道されている貴ノ岩。彼にも今後があります。引退してモンゴルへ戻る、その時、彼は静かに第二の人生を送れるのかどうか。

「示談にすべきだった」とは言いません。ただ、貴ノ花親方、伊勢ヶ濱親方、日馬富士、貴ノ岩の四者で話し合う場は、絶対に必要だったはず。

場所中、既に手打ちがあったとは聞きますが、もう一度、当人に謝罪させる場を設けるべきだった。それだけで、ここまでの大事にはならなかったと思います。

貴ノ岩自身も、ここまでの騒ぎになってマトモに土俵復帰できるとは思えません。処分などは勿論ある訳もありませんが、メディアに隠れて稽古どころではなく、九州の宿舎から出た話も無い。

フィジカル メンタル モチベーションを考えても、事をあまりに大きくし過ぎるのは「弟子第一」を本当に考えるのなら、一刻も早く、世間に説明をして、事態の収拾を図り、早く土俵復帰させることが、親方そして理事としての仕事ではないか、と思います。


②モンゴル互助会問題

八百長問題以降、本場所の土俵は確実に変わりました。ガチンコ相撲が増え、迫力が増しました。

しかし、それに伴い力士が本気で勝つ故に増量化、ハードな稽古が当然になりました。

その結果が、相次ぐ休場力士の数です。毎場所、あれだけの怪我人が出ています。鶴竜も30過ぎで横綱の地位が危うく、日馬富士も優勝はありましたが、休場が増えフルシーズン戦える身体ではありません。フィジカルでは絶対的な強さを持っていた白鵬ですら休む時代です。

大体、互助会を否定する人は巡業、大相撲トーナメントをどのように見ているのか。あれは八百長なのか、互助会なのか?

「あれもガチンコでやるべきだ!」と云う方もいらっしゃるでしょう。でも、あれと同じ相撲が本場所で出ますか?相手が怪我していたならば、すぐ土俵を割ることもあるでしょう。でも、実際問題ああいう取組が本場所で行われることは、まず無くなったと言えます。

実際、星の回しあいが存在するのなら、怪我人は間違いなく減ります。

本当に取組を見ている者ならば、力士が毎場所、どれだけ命を削って相撲を取っているか判断できるはずです。

相撲が好きな方は沢山おられるでしょう、でも今の土俵の上で起こっていることが嘘だとは、私はこれっぱかしも思えません。

簡単に批判をするのは、土俵の魂を否定することと同じ、そう思います。


③貴ノ花親方の思想

貴ノ花親方は、テレビでは革新派とされ「他部屋との交流は慎むべき」だとしています。

しかし、これこそが「前時代的思考」である矛盾が生じています。土俵を下りればノーサイド。それこそが今の時代にマッチした考え方であり、野球もそれが当然になりました。

貴ノ花親方自身は、「土俵下であっても敵であることを忘れてはならない」というお考えなのでしょうが、それはイチ個人 イチ格闘家のポリシーであって、全力士にそれを求めるのは少しズレている、と思えてなりません。


④モンゴリアンジャージ問題

これこそ、「叩きの極致」と称しているのですが、力士の「移動中」は着物の着用が義務づけられています。それは「公の場」での移動であり、プロ野球選手が、移動はスーツでなければならないのと同じ理由です。

白鵬がジャージで移動したのは、あくまでも興行中の体育館の話なのです。

これを叩く人は、「自分の家から部屋に出勤する関取は、必ず着物で来るものだ」と同じく勘違いしています。何の問題もありません。

「モンゴリアンジャージ」の何が悪いのかも理解に苦しみます。白鵬は現に日本国籍も取得していないモンゴル人です。

彼がもし、今後国籍を取得することがあってもモンゴル人であることに違いはありません。

このことを於いて「横綱は日本の心を置き去りにしている、モンゴルが抜けていない」と叩くのは、それこそ民族ヘイトと何ら変わりありません。

彼の相撲は確かにダーティーな部分はあります、それでも平成の大横綱です。リスペクトを持て、とまでは言いませんが、彼がモンゴルに帰ることになったら、これ以上の流出は無いと思います。

日馬富士、白鵬然り、事件とは関係ない部分まで大きく報道され、モンゴル人力士を否定する報道ばかりされます。

彼らこそ、八百長問題で大きく抜けた穴を、そしてお客さんが戻ってくる間まで、ガラガラの国技館の中でも土俵を休まずに勤め上げた功労者なのです。

勿論、暴力はいけません。汚い相撲を取ることも許せません。しかし、彼らを残した功績を無として、只管に叩き続ける風潮には違和感しかありません。

モンゴルあってこその相撲、外国人力士あっての相撲、それの何が悪いんですか。

世界相撲大会で優勝した人でも、入門すれば全然通用しないのが日本の相撲です。それだけクオリティの高い物をやっているのです。

「プロレスは舞台裏もプロレス」と云いますが、舞台裏の相撲はもう懲り懲りです。

一刻も早い収束を望みます。春場所は、私のご当地場所の大阪です。それまでに、平穏な相撲界に戻ることを、心から願っています。