私だって人間らしく、20代のうちに結婚したいって欲はあった。
それなのに結婚相手は焦ろうとしなかった。
どいつもこいつも。
なので、20代は悪あがきをした。
結婚したい!!!!といろんな人に訴えた。
大抵の男は怯んだ。
(まぁ、当然と言えば当然。お互い何も知らないうちに結婚をせがんでくる女…w怖いよねw)
彼氏は私が若く見えるから何も気にしてなかった。
ちゃんと着々と歳食ってるのにな…と
何度もケンカした。
「誰でもいい!結婚してくれ!」と思っていた。
憧れの教会のあるレストランに食事をしに行った。
結婚式するなら、ご飯も美味しい方が良いよね、と試食気分だった。
店員さんの話術が素晴らしくて、
そのまま結婚式の予約をする事になった。
さようなら西野亮廣サン。
結婚相手は、とてつもなく気が合わない人だった。
何年も付き合ったが、合わなかった。
何故別れなかったか?と言われたら
好きだったとしか言いようがない。
嫌いでは無いのだ。
気が合わないだけ。
誰にでも合わせることが出来る私は、
彼好みになっていった。
なんでも出来る魔法使いみたいな家政婦みたいな女。
でも、彼は私に合わせてくれることは無かった。
私は都合のいい女で、嫁に昇格した女で、
でも愛されてはいなかった。
ダンナには外にたくさんの女が居た。
お金もくれなかった。
給料やボーナスをいくらもらってたのか知らないし、
もちろん口座の暗証番号も知らない。
アレコレと要求されて、
出来ないとキレられて、
出来ていて当たり前。
彼のルーティンを揃えるだけのロボットのような日々だった。
私はそもそもポンコツでドジで
でも笑ってるだけが取り柄みたいな女だったのに、
怒られっぱなしで、怒鳴られっぱなしで、
楽しい話題はひとつもなく、
喜ばしい出来事もひとつもなく、
笑顔も出ない、
ただ顔色を窺う日々が続いていた。
それでも夫婦らしく、2人とも子どもを持つことを望んでいたのだけど、
これまた残念なことに、私は不妊症だった。
元々生理不順だったので、
結婚生活のストレスで生理が来なくなり、
治療をしなければ子どもは望めないと言われた。
そもそも結婚早々セックスレスに陥りかけている愛の無い夫婦は、
不妊治療でタイミング療法をすることで、
ますますギスギスした。
今考えたらわかる話だけど…
当時は必死だったから…
色気も無く、「今日しないと子どもが出来ないんだよ!!!!」とせまる嫁。
たつもんもたたないよな…
なんとかかんとか、子どもを2人持てた。
私はもう1人産みたかった(正直まだ産みたいと思っている。現在46歳)。
でもダンナは役割を終えた…といった感じだった。
子ども2人持って、
ダンナが生活に協力的では無い。
お金をくれず、自分だけ贅沢をし、
何もかも1人でやった。
ヘトヘトだった。
自分にはお金をかけず、
子どもやダンナがみっともなくないようにするのが
精一杯だった。
あんなにオシャレが好きでたまらなかったのに。
目立たないグレーとベージュの服ばかりのクローゼットを見て泣いた。
中にはお下がりで貰った服もあった。
心躍るような服は1着もなかった。
化粧もせず、髪も染めず、
目立たぬよう背中を丸めて歩いた。
誰も私を見ていませんように。
そんな日々だった。
子どもと写真を撮った時に
笑顔で写った筈の写真が真顔だった。
自分の精神状態が怖くなった。
私はこんな顔で子どもを毎日送り出してるのか…と思ったら、怖すぎたので、
毎日変顔をして笑わせて送り出すことにした。
自分の精神状態がおかしいと気づいても
お金が無いので精神科や心療内科には行けなかった。
そんなことを言い出せば、また怒鳴られるに決まってる。
根性の問題だと怒られるに決まってる。
そんな中、スピリチュアルな不思議現象に次々巻き込まれた。
それは私が知っているのに忘れていた大切な事だった。
思い出してしまったら、もうこの家には居られないと気付いた。
「居る場所を間違っている」
そんな感覚。
ちゃんと彼と向き合わなければ、生まれてきた意味が無くなる。
そう思って、でも何をすればいいか分からなくて、
まず始めたのがブログ。
自分の考えのアウトプット。
次に住んでる地域と名前出し。
その次は顔出し。
その次は脱いだ。
そして歌った。
自分の顔を出して喋ることもやった。
怖かったり恥ずかしかったりしたけど、
よく考えたら私は何一つ自分に恥じることはしていない。
嘘もついていないし、ズルもしていない。
誰にも笑われる筋合いはないと思っている。
離婚しようとした時、止めた人も居る。
でもそういう人は私の苦しみを分かってくれない人だ、と
こちらから見切りをつけた。
私はそもそもポンコツで、
自分のことだけで精一杯で、
子ども達が可愛いから子ども2人は必死で守るけど
赤の他人のダンナの面倒なんか見てられるか!!!!と思った。
ワガママ放題しかしない、
私のことを大切にしない、
省みてくれない、
そんなダンナの面倒を見なくて良くなって
とても清々しかった!!!!
毎日楽しくなった。
嬉しいことも楽しいこともちゃんとあって、
悲しいことや苦しいことは
外部との接触だけになった。
家の中は天国みたいに幸せだった。
毎日笑い声が絶えなかった。
お金は無くても、
安いものを見つけたら、欲しいものもちゃんと買えた。
ダンナの好みと関係なく、好きなものが食べられた。
結婚ってなんなんだろう?と思った。
ダンナの給料に守られているようで、
その恩恵はどこにあったんだろう?と思った。
何のメリットも思いつかなかった。
結婚なんて向いてなかったんだ!と思った。
1人は寂しいだろうか?
でも1人は気楽だった。
誰にも気兼ねせず、お金も時間も体力も
自分で使い途を決められる。
歳を気にしてたけど、
パートナーなんていくらでも見つけられると分かった。
もっと自分に合う人を見つけなきゃダメだとも
分かった。
誰にでも合わせる性格ゆえ、
自分を見失ってしまい、首がしまるんだと分かった。
だから今は私のワガママを受け入れる気がある人、
気が合うと感じる人だけを選ぶことにしている。
私のポンコツでドジなところを怒らず、
笑ってくれる人。
尽くすことを当たり前と受け取らない人。
有難いと思ってくれる人。
私の自由さを殺さない人。
それでいて、世間の冷たい風当たりから守ってくれる人。
結婚という形が正解かよく分からない。
今でもそこそこ楽しく暮らせている。
だが同時に、ご両親には不義理をしてるなとも思う。
世間様が受け入れてくれないのも大きい。
子どもをもう1人…と思えば、やはり結婚か?とも思う。
同時に、そんなもの紙切れ1枚じゃないかとも思う。
私が考える結婚してるか、してないかの違いは
「不測の事態に陥った時の緊急連絡先か?否か?」
くらいである。
けど、それを1番に知らされず、
駆けつけれないのは確かに悲しいな……
正直、結婚してればマウント取れる世の中だと思っている。
離婚は負け組扱いだとも思っている。
けど、その実状はその通りなのか?
私は勝ち戦しか選んでないけどな。