広島なうっす。
豪徳寺では本来出店を考えてなかったんですが立地、条件、タイミングなどGOサインを出しました。
かなり悩みました。今までこうなったらこうしようとばかり考えてましたが、必ずこうするんだそのために何をするのか?
との当たり前の思考が抜けてました。
豪徳寺のお客様に喜んでいただけるお店にして次のお店の出店を出す事にします。
千歳船橋に比較し商圏は狭いのでかなりチャレンジですが、ここで成立すればかなりの街でうまくいくと思います。
新百合ケ丘、祖師ヶ谷大蔵、喜多見など物件があればそく出したい街があります。
狛江からわざわざ買いにきていただけるお客様がいらっしゃいます。
出来るだけ多くの街のお客様に喜んでいただけるお店にしたいですね。
頑張りマッス

子供の話 続き
救急車にのって広島の病院に到着後、緊急病棟に移されてそく検査でした。
先生から言われたのは
「奥さんは予断を許さない状況です。このまま赤ちゃんをお腹の中に入れておくことは
奥さんの死を意味します。」
「胎児には全く問題ないのですがこのままだと奥さんが持ちませんがお父さんどうしますか?」
どのような対応があるか聞くと胎児のためには一日でも長くお母さんのおなかの中にいる方がいい。
しかしお腹の中にいると母親の血圧がどんどん上がり破裂する可能性があるとの事。
結論、早急に出産するという決断しかありませんでした。
妊娠6ヶ月で出産すると50%の可能性で死産。25%が障害者、25%が健常者との事。
生むと決断した翌日に帝王切開が行われました。
そして、450gの子供が生まれました。
続く・・・。
子供の話
ずっとずっと前に子供が生まれたときのことをブログに書きました。
途中のままだなと思いながらもそのままに・・・。
先日杉並区にあるろう学校に行きました。そうだブログを完結しておこうとふと思いましたので書きます。
うちの子供は450gで生まれました。東京でのサラリーマン生活を終え
将来の夢に燃えに燃えて2009年4月に広島に帰ってきました。
子供が生まれたのは4月28日、妊娠6か月の時でした。
4月24日にしんどいから病院に連れて行ってほしいと嫁に言われ正直めんどくさいなと思いながら
魚を配達する揺れるトラックの助手席にのせ魚の配達の途中にある産婦人科に嫁をおろしそのまま
配達を続けました。
嫁から電話がかかってきて、すぐに大きい病院に行きなさいと言われました。
その足でトラックで病院に向かい車の中で待っていました。
嫁から電話ありすぐ先生の話を聞いてほしいとの事。
先生のもとに行くと深刻な顔で
「結論から言います。このままでは奥さんが死ぬ可能性があります。」
その瞬間、嫁と二人で笑ってしまいました。
「冗談ではありません。奥さんは妊娠高血圧症候群という病気です。昔は妊娠中毒症と言っていました。」
「症状としてはお腹に子供をいれたままにすると血圧が上昇し続けます。このままでは危険です。」
「ただちに処置を行いますので入院してください。」
そのまま車いすに嫁が載せられ入院することに。
嫁の血圧は上が220の下が170という数値まできていました。
看護婦さんが入院の手続きをと嫁が先に病室に移った時には私の目から自然に涙が流れていました。
その日から入院して一晩中血圧のアラームが鳴りっぱなし。
うちの親父とおふくろもお見舞いに来て色々と話しました。
親父は 「家族が一致団結しないといけない時だ。神様が試練をくれたんだ」 と言っていました。
3日間、呉の総合病院で処置した結果、手におえないということで広島に転院することに。
救急車で呉から広島に移動して新しい先生に引き継ぎました。
やっぱり長くなるますね(笑) 続きは明日書きます。
