「言葉」の力はすごい。何気なく発した言葉でも口から出た瞬間に違う生き物のようになってしまう。
「言葉」はやはり書かれた瞬間に力を持つ
仕事柄、なるべく、自分の発する言葉には気をつけているのだが、何気ない言葉に会話が詰まってしまうこともある。日々反省。
先日、ひどい言葉の暴力を受けた。そこまで否定されるのはかなり久しぶり。
ただ、その人は言う。「あなたのことを思えばこそだ!」
とげのある言葉
恣意を含む言葉
叱咤する言葉
これらは似ているけれど違う言葉だ。
受け取る側に「力」がなくてはどれもその人に突き刺さり傷めつけることになるだろうが、傷の深さが違う。
魂を傷つける言葉というのがあるように思う。
それは「あたしのため」を思って発せられた言葉なのかどうか、
「ためを思って」発する言葉であればこそ、受け取る側の状態を慮って然るべきだ。
私はどうしてもその人の言葉が自分のために発したものとは信じられなかった。
私の発した言葉もそうして傷つけるだけの言葉になっているかもしれないけれど・・・
結局、傷は数日ひどく傷んだが、友人たちのおかげで、少しずつ治癒した。
ひとを包み込み優しい気持ちにさせる言葉もたくさんあるだろう。
なるべくなら、ひとに「力」を与えるものにならなくてはいけないのだとまた反省。