『再会』 ~約半年ぶりの集合~

相馬野馬追が終わり、さまざまな復興活動も1週間だけお休みすることになりました。震災後約半年ぶりの家族の再会!
復興支援活動も8月12日(金)~19日(金)まで一旦休憩させていただきました。

家内の実家(義父母、義兄弟・姉妹を合わせると、約5家族・計15名)、南相馬市原町区は原発から23km、兄弟達や兄弟たちの家族の中には家や会社が20kmギリギリのところに位置している方もいます。

もっちーのブログ-船が、電車が、鉄塔が
【まだまだ…、まだまだなんです…】

我が家以外は皆子供がいる、今日NHK7:30~でもちょうど取り上げていましたが「子供がいる家族はなかなか地元に帰ることができない」、子供たちは親の気持ちを理解しつつも、細かな理由まではさすがに把握することはできません。
子供たちの友達から親の携帯を通じメールが入ります…「元気?いつ帰ってくるの?まってるよ~♪」とか「この前原町に帰ってきたよ、早くみんなに会いたいよ…」など、避難している家族も心が揺らぎます。

当然です。喧嘩したわけでもなく、お父さんの仕事の関係で引っ越しをしたわけではないのです。無理やり…引き裂かれてしまったこと、放射線問題が半年たった今も全く解決に進んでいないこと…だからこそ、子供たちも“どうして?”といった疑問を持ちます。

国が判断もせず、道も示さず、親たちを振り回しているのですから…子供たちは余計困惑するのはあたりまえです。

もっちーのブログ-原町にて
【こんな子供たちの自然溢れる笑顔を奪ったんです】

当時、相馬野馬追の話や活動が進んでいる中、約半年ぶりにお盆休みを活用して久しぶりに家族みんなで会おうとの話になっていました。皆で集合する約2ヶ月ほど前の話です。

まず最初に議論に上がるのは“場所”の問題です。
当然のことながら皆が一番集まりたい場所は、南相馬市の義父母の家=義兄の家です。しかしみなさんもご存じの通り、放射線問題がその道を塞ぎます。

義兄も地元の患者さんのこと、義父母のことや、その妻も震災後から一度も帰っていないこともあり、自分(子供)たちの荷物や自分のご両親のこと…
さまざまなことがあり、南相馬市へ入ることを計画します。当然子供たちをどうするか…友達にも会わせてあげたい…議論を重ねます。

一方、義姉は震災後、東京の我が家から、一時赤プリへ入り、先日から宮城へ居を移しました。夫がずっと南相馬で仕事をしているため2重生活を送っています。しかし子供との接点を考えるとそれが一番良いとの判断です。

もっちーのブログ-大森
【2重生活は厳しいです…私も共に頑張ります】