平和の草原

 

 

人間は、人々に対する偏見を報告したときから、

人々が示してくれる偏見に

穏やかに対処できるようになります。

 

ジェームズ・アレン

 

("Above Life’s Turmoil", James Allen, 『「原因」と「結果」の法則③』P205〜P208,サンマーク出版, 2004年4月10日, 訳 坂本貢一)

 

 

 

 

 

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本日の担当は、

 

 

原因と結果の法則メソッドコーチ

 

 


スリランカ🇱🇰でインド洋を眺めながらな

萱森実です。

 

 




 

今日は新たな元号が発表された日ですので、


日本中が新しい変化が到来するという気持ちに


溢れていますね。

 


 

新しい変化を起こしていく際、


人は新しく手に入れた知識や経験に喜び興奮します。

 

 


そのような幸運な日に担当できたことは、


光栄なことです。

 


 


 

そして、そんなときに担当した内容は、

「偏見」でございます。

 



 

これはまた、特盛にネガティブな言葉ですねガーン

 

 




フレッシュな気持ちの今日、


どう取り組んでいいかスタバでかなり悩みました。

 

 



 

2時間経過して、


「偏見」という言葉に偏見を持たないよう、


やっと辞書を開いてみるところまできました。

 

 




【偏見】

かたよった見方・考え方。ある集団や個人に対して、客観的な根拠なしに抱かれる非好意的な先入観や判断。「偏見を持つ」「人種的偏見」

(デジタル大辞泉)

 

ある対象、人、集団などに対して、十分な根拠なしにもたれる、かたよった判断、意見などを指す。このような判断や意見は強固なものであり、それらが誤っていることを示す証拠を見せられても容易に変わらない場合が多い。

(ブリタニカ国際大百科事典)

 

 

 

 



 

しっかりと、強固に、ネガティブでしたね😆


 

 

 

ブリタニカの言い草には諦めすらも感じさせます。

 


 

『偏見持っている人には何を言っても無駄だよ!』 


だなんて。

 

 

 




 

でも、アレンさんもこんな風に言っています。

 

 

 

私たちは、偏見に心を支配されているとき、人々の気分も、自由も、まったく尊重することがありません。

そのとき私たちは、人間性を失っており、理性を持たない獣のレベルに降下してしまっています。

ジェームズ・アレン

 

 

 


 

ここまで言われると、

私もなんらかの偏見を持っていないかどうか


振り返ってしまいます。 



 

偏見をもって見られるのは

とても嫌なことですが、


自分でもそれをもっているとしたら???

 

 

 

子供時代を含めて、

いろんな場面を思い出そうとしても、


思考がストップします。

 

 



 

そんなことはしてくれるな!と


心がブロックをかけてきます。

 

 

 


 

それでも、人種や宗教、性別などに伴う


ステレオタイプな偏見は持ってはきませんでしたが、

 

 

 



 

十分な証拠もあり、

 

多くの人の判断に基づく、

 

客観的に見て間違ったことを


何度もしていたら、

 

 

 

 

そんな人は、


常に公然と非難され続けてもいいのでしょうか?

 

 

 

 



その人がやることなら

 

 

何でも、いつでも、どこでも非難されることは

 

 



正しいことでしょうか?

 

 

 

 

 


 

これまで経験した職場の中には、


いろんな人がいました。

 

 

 


 

周囲の人たちに、何度も何度も迷惑をかけながら


改善することなく、


逆に意にそぐわないとキレる人


 

 

その人に対して、私は非難していました。

 

 

 

 

私の中で、



その人に対する拒否と批判が常にあり、

 

その人が何かをするときにはいつも、

 

 知らず知らずのうちに、




 

「私はその人を非難しないといけない」

 

 


 

という非難癖が構築されていました。

 

 

 




 

しかし、こうなると、

 


証拠がどうの、かたよってるがどうの、


と言っていられません。

 



もう、「偏見」になっています。

 

 

 

 

そしてそれを共有する人と一緒になって、


その人を批判することが


いつの間にかに息抜きになり、


喜びに変わっていました。

 

 

 




 

偏見は、優しさ、思いやり、愛、そして正しい判断力の破壊者です。

偏見の強さは、残酷さ、不親切さの物差しです。

ジェームズ・アレン

 

 



 

 

これって職場だけじゃなく様々な人間関係で、


よくある話ではないでしょうか。

 

 

 


 

よくあるから、いいよね

 

みんないつも困ってるし

 

それを直そうとしないあの人が悪い

 

 

 



そんな風に逃げてきました。

 

 

 

 




これは、表面的には、

 

 

問題を起こしている人と、


それが嫌な人たちという構図なんですが、

 

 

 

 

その偏見を乗り越えて、


自分が成長する糧にするなら、、、

 

 



 

起きていることはいったん脇に置いて、

 


自分が持ってしまっている感情


 

自分が非難することが喜びになっている感情

 

 

それらと向き合ってみました。

 

 

 





 

すぐに、

とても嫌な笑い方をしている自分が思い浮かびました。



 

誰かを非難することで


自分のやる気を高めていたようなところも


見えてきました。

 

 



 

自分の胸のあたりに重い重圧を感じます。

 

 



 

 

さらに自分に問いかけると、

 

 

その人に吐き出したい怒りの言葉が


具体的に出てきました。

 

 

 






 

 

でもまだ表面的です。

 

 

 





 

 

もっとみずからを内観しようと

心を落ち着けていくことで

 

 






 

少しずつ少しずつ

 

 


   


 

その人に向かっていた自分の意識を、


自分自身に向かわせることができました。

 

 

 

 





 

 

私はどうしてその人の過ちが許せなかったの?

 

 

 

相手が間違っているから怒ることは正しいことなの?

 

 

 

私はどうして怒ることが喜びになってしまったの?

 

 

 

その人は間違っていたかもしれないけど、

その人なりに良いことをしようとがんばったんだよね。

 

 

 

私は相手の気持ちもすべて踏みにじっていいの?

 

 

 

その人が限界までがんばったのだとしたら、

それを頭から怒ってばかりの私の器って、小さくない?

 

 

 

過ちを修正することと、

過ちに怒ることで自己実現しているのはちょっと違うね。

 

 

 

 

自分の器を大きくしたいなら、頭も感情も体も拒否したとしても、

 

 

 


 

 

✨✨その人に感謝しよう✨✨

 

✨✨その人を祝福しよう✨✨

 

 

 

 

 

そうすれば、

 

 

 

長年かけて固めてしまった


どんなに強固な偏見も思い込みも、

 



 

 

 

癒して、


 

 

 

すべてを根本から変えることができる。

 

 

 

 

繰り返している


思い込みのメリーゴーランドの電源ボタンは

 

自分の手の中にあったのですから。

 

 

 


 

 

 

 

 

これが、偏見なんかよりもずっと強固な

 

「原因と結果の法則」にもとづく


コーチングの入り口です。

 

 


 

 

今回も最後までお読みいただきまして、


ありがとうございました。

 

 

 


 

新しい変化の波に乗って行きましょう🎵

 

 

 

 

 

萱森 実

 

 

 

 

 

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