自我の克服とは、
心の中から、
気高い、誠実な、永遠に持続する要素は何ひとつ放棄することなく、
卑しい、誤った、すぐに過ぎ去っていく要素のみを放棄することです。
ジェームズ・アレン
("Above Life’s Turmoil", James Allen, 『「原因」と「結果」の法則③』P38~P40,サンマーク出版, 2004年4月10日, 訳 坂本貢一)
スーパーブラッドムーン凄かったですね! ↑こちらは違うタイミングですが同じく美しい月ですね。
〔原因と結果の法則メソッドについて〕
☆1月27日(日)特別企画
『2019これからの夢の叶え方【ゲスト前田出先生】〜人生100年時代〜』のご紹介
本日の担当は、
原因と結果の法則メソッドコーチングで
ピンチをチャンスにして不安をワクワクに変える🌟
萱森 実です。
このブログを担当すると、
順番にパートを担当していくため
何の作為もないのですが、
なぜかちょうど、自分が悩んでいたり、深いところで響いたりする内容であることが多いです。
ということで、
私が担当する今回のパート「自我の克服とは?」も、
今の私にとって大切な問いかけを含んでいました。
ブログを書くことで、
単に「原因と結果の法則③」を読むだけとはちがう、受け止め方をさせていただいています。
克己(こっき)という言葉をご存知でしょうか?
意味は、
「自分の感情・欲望・邪念などに打ち勝つこと。自分に打ち勝つこと。心の中に起こる衝動・邪念を意思の力によっておさえつけること」
です。
今回のテーマである「自我の克服」そのものですね。
私は小学校のときの授業でこの言葉を聞き、
即座に
「あ、 ムリムリぃ。
おのれに克つ?
そんな持久走みたいに大変なことやりたくないよぉ」
と思って、自分の中から排除しました。(早!)
小学生でいきなり拒否感を感じるんですから、
無意識レベルでは案外深いところの感覚なのかもしれません。
具体的に小学生の頃のいつというのは思い出せませんが、そのときの嫌な感情だけは何十年たっても思い出されます。
そのとき以来、「克」という字自体に嫌な感覚を持っていました。
克己、克己心、克服、、、、、
「自分に克つ、そんな暑苦しいこと僕に合わないから嫌だ」
と拒否感が強かったです。
「克」という字が名前にある人に出会うと、
「わぁ、大変だな」なんて勝手に思っていました。
大きなお世話ですね(汗)
誰かと競争する以上に、自分に打ち克つということに、なぜか茫漠とした拒否感が無意識の深いところに持っていました。
しかし、
「原因と結果の法則」を学んでいると、
自分の中で培ってきた理由のないネガティブな感覚は、とても大切なメッセージでもあると受け止めています。
法則を学んだ当初、
自分のネガティブな感情に向き合うように指導をされると、
自分がひっくり返るような拒否感の嵐にさいなまされます。
(絶対!ほぼ間違いなく!)
でも、それを乗り越えた後の
喜びや自分の成長、達成感
そしてなにより、
現実がどれだけ変わっていくかを目の当たりにすると、
自分のネガティブな感覚は
それが寝深ければ根深いほど、
その原因を癒し、現実を変えられたときの感動を予感させてくれます。
勝手なイメージですが、
山登りにも似ているかもしれませんね。
もしくは、
ネガティブな自分という最高の獲物の尻尾を見つけて、そこに狙いを定めた猛禽類にでもなったような感覚です(←あくまで私感です。)
拒否感の塊だった頃の自分を思い出すと、
気恥ずかしいというか、なんとも言えない暖かい感情に包まれます。
だから、誰かを癒すことができるのかもしれません。
自分も通ってきた道だから、あなたの力にもなれる。
おこがましいかもしれませんが、そんな感じでしょうか。
今回担当している
「自我を克服するとは?」を読みながら、
自分が避けてきた感情にフォーカスを当てて
自分の心の底が言っていることと向き合ってみると、
私の内面の声が言っているのは、、、
だって、
自分に正面から立ち向かって、
大変な思いをして、
負けたら、
辛くて恥ずかしいから絶対に嫌だ!
負け続けて
地を這いつくばっても
けっきょく望んだものを手に入れられなかったら、
とても悔しいままで終わるじゃないか!
頑張る、自分に克つ、なんて言葉は大嫌いだ!
そんなことよりも、飄々と生きていたいじゃないか。
私にとって、この感情が、
自分が大変なことから逃げてきた体験と組み合わさって印象が強くなっていました。
「自分に克つ」
そういう汗臭いレースで私は勝負しない。
それよりも、もっとクリエイティブで多様性のある方向性を大事にするんだ!
そう感じていました。
その結果、
自分で自分がやりたいことを決める、ということが出来なくなっていました。
仕事でもプライベートでも、やってきた流れをつかんで、周囲の幸せを最大限成し遂げること、最高の結果を見出して、人を率いて達成することは得意になったのですが、
あらためて、
・自分の望みは何なのか?
・自分が死ぬまでに絶対にやりたいことはなんなのか?
そこに力をそそごうと思ったときに、
力がまったく湧いてきませんでした。
そもそも、それらが何なのかがわからなかったのです。
自我の克服とは、喜びを「貪欲に求める姿勢」を排除することであり、喜びそのものを排除することではありません。
自我の克服とは、楽しみを「身勝手に求める姿勢」をなくすことではあり、楽しみそのものを否定することではありません。
自我の克服とは、愛やパワーを「利己的に求める姿勢」を排除することではあり、それら自体の入手を否定することではありません。
ジェームズ・アレン
「自我の克服とは?」を読みながら、無意識のレベルで、拒否する自分と、その力を求めようともがく自分がありました。
このブログを書きながら、自分の感情の底で、ネガティブな感情で蓋をしてきたところにノックできた感覚を得られました。
自我を克服することに、拒否感ではなく、喜びを持てるようになりました。
この機会を得られたことに、大きな感謝を感じます。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
あなたの感情が嵐のようになったら、原因と結果の法則を思い出してみてください。
変化の兆しを喜んで受け入れられることを、願っています。
でわ、今日も素晴らしい一日を。