2年前の今日、大きな地震がありましたね。
あの日は仕事で浦安にいました。
地震が起きて、尋常じゃないと気づいて
とにかくお客様と自分たちの安全を、と動き出したら。
怖いとか不安というより、
どうにかしなくちゃ、という気持ちのほ
情報もなく、他の地域がどうなっているのかもわからず
ただただ、今目の前の人が笑顔で帰宅できるまで、と
みんなの心がひとつになって。
お客様も、はたらく人も、たくさんの人が思いやりの心で支えあってました。
もし、あの日仕事が休みで一人で家にいたら……
たぶん怖くて不安で、テレビを見てショックで、トラウマになったかも。
どうにかしなくちゃいけない状況だったことが、逆に救いだったなあ。
... あの時にあの場所で共有した、経験したことは一生の糧だな。
去年の3.11も、こうやってあの日を思いだしました。
今思い出しても、あのときの感覚はまだ薄れていません。
浦安で体験したことですら、心にこんなに残っているのだから
震源地に近く、いまだ避難生活を余儀なくされている方々の心には
どれだけ深く、どれだけたくさんの想いが残っているでしょうか。
2年たって、被災した地域が復活したかといえば
テレビで見るかの場所は、まだ荒れた景色のままで。
原発の事故は終わりも見えず……。
わたしには思いを書き出すことしかできないけれど。
世を動かせる立場にいる政治の世界の方々に、
ぜひ、荒れた土地と傷ついた人々の心を想って
行動していただきたいな、とお願いしたいです。
で、こうやって話していると
自分の中にはふかーい怒りがあるんだ、って気づきます。
もっと、もっとシンプルに考えたら
今、この国がやっていくことって一目瞭然じゃん?!
なのになんで、利権とかしがらみとかがさきにくるのかなー!!
再稼動??意味わかんない~!!
って、実はものすごく深くいらいらしてるんです(^^;
自分自身にもね。
口だけじゃん、もっと行動しようぜ~、って。
だからこそ、わたしがあの日以来、 浮かんでくる思いは、感謝です。
生かされていること、経験できること、想いあえること。
今日、こうやって思い出して、それを人生に生かすこと。
それがわたしにできる生き方かな。
今あることに感謝して生きていく。
あの日、誰かのために生きてくれた人々の想いに感謝して。
地震の起きた時間、
72の天使の名前を呼んで過ごします。











