5月の最後の日
父がとうとう虹の橋を渡りました
長い間頑張って来たので
もうお疲れ様のきもちだけ、でした。

2日に葬儀も無事に終わりました。
私の負担を気遣って、
何もかも仕切ってくれた兄に感謝です

心配だった母も葬儀も全て終わった頃から
段々と口数も増えてきて
まずは大丈夫だナ、と安堵しました
もちろん私などには計り知れない想いも
たくさんあるとは思いますが…





ここからは私の話になります
6月1日
この日は3回目のキイトルーダの治療日でした
ここのところの自分の様子で
オラ、キイテネーダ?なんて
何故かどこかの方言で不安もよぎる

同時にこの日は
私の告知から丸3年
今月から4年目に入る事ができました
正念場の4年生、ですね



葬儀のあと、2日空けた一昨日から
放射線治療のため
がんセンターに単身乗り込む
初日は診察と打ち合わせ
よく一人で運転して歩いてきたと驚かれるほどの
良くない状態らしいです

2日目の昨日はCTと、印つけ
治療は金曜からです

が、今朝起きると
先週からの頑張り過ぎのツケが出たか
左脚はサリーちゃんか
もしくはきいちの塗り絵の少女か
あ、脚だけね(笑)
ほとんど歩けないではないですか!
 

あ〜あ 
誰が私を車椅子で押してくれる人はいませんか〜
ポランティア並のお手当は出しますよ〜(笑)

入院はしたくないものです
(´Д⊂グスン

さあ、どうなる私?