ぺーの地球の歩き方

このブログの文章は旅をしながら毎晩メモ帳に書いたものをほぼそのまま載せています。自分でもあまりの稚拙な文章に赤面ですが、あのころの自分を忘れないためにもあえて手を(ほとんど)加えていません。

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タイ旅行写真集をアップしました

帰国

深夜1時、バンコクドンムアン空港から福岡行きの飛行機に乗る。4時間ちょいのフライト。寝ないとキツイと思い粘るが寝れず結局映画を見てしまう。『アイ・アム・デビッド』ちなみにヘッドフォンなし。で映画が終わってようやく寝れたと思ったら即朝食で起こされた。おまけに空港で荷物開けられるし。なーんも入ってないのに、開けられたくないと意識すればするほど怪しまれるらしい。不条理だ。福岡は雪がちらついている。

アユタヤ

タイ6

窓がひとつもない独房なので二度寝してしまう。結局8時。荒れ果てたカオサンの朝。駅まで行ってスカイトレインに乗る。少しは渋滞解消に役立っているのだろうか。バスターミナルを目指して歩いたが見当たらない。諦めてバイクに乗る。ほとんどのタイ人は2人乗り、もしくは3人、4人乗りをしてもつかまってないようだが、これはかなり苦しい。ようやくバスターミナルに到着。アユタヤ行きバスに乗り込む。行けども行けども田舎にならない。どうやら美しい風景にはお目にかかれないようだ。アユタヤという文字が目に入るようになってきたが、想像とまったく違って日本企業の看板が立ち並ぶごく普通の田舎町。いきなりバスを降ろされるとしつこい客引き。振り切ってとにかく目の前の道をまっすぐ歩き、目に入った遺跡を次から次に見ていたらなんとか有名なところにたどり着いたらしい。とはいってもそのころには新鮮味ゼロ。街の方に歩いてみる。街を歩いている学生や市場の人たちはバンコクほどは観光客慣れしておらずいい雰囲気で歩き回れた。きゅうりとりんごを丸かじり。アユタヤ滞在4時間ほどで帰りのバスへ。行きは工事、帰りは事故で渋滞。バスターミナルからはタクシーに。トゥクトゥクより余裕で安いということに今頃気づく。電車、タクシーでふたたびカオサンへ。散歩と買い物と本屋と適当なおしゃべりにも飽きてネットカフェ。とりあえず健康で無事に帰国できそうです。

バンコクへ

タイ5

蚊に悩まされあまり寝れなかったが7時起床。8時半チェンマイ空港へ。お世話になったタイの人たちとお別れ。馬鹿高い朝食を空港でとる。結局1時間遅れでバンコク到着。頼んでおいたハイヤーの運ちゃんとなんとか出会い市内へ。まずは王宮。前提知識ゼロで乗り込む。さっそく長ズボンを着させられる。スカートはOKなのに。王宮は期待していたよりは楽しめた。歩いて暁の寺へ渡るボート乗り場へ。適当に焼き鳥なんかを歩き食いしながら向かい、対岸から一目見て終了。次はデパートへ。あまり見るところはなく外をプラプラする。都市はどこでも寂しさが溢れている。連れがあやしい一角へ行きあやしい薬を買う。それからチャイナタウンの屋台でタイ風中華を満喫し、思ったより時間が余ったのでチャイナタウンを1時間ほど歩き回る。その後、適当に降ろしてもらい一人に。一路カオサンへ。しばらく歩き回ってある程度のゲストハウスに。声かけられるのをいちいち断り周辺を散歩。明日はアユタヤへ行ってみよう。

プーディン村、最後の日

タイ4

だらだら起きる。プーディン村に着いて給食をいただく。エイズで両親を亡くし給食費を払えなくて困っている子供もいるというのに。まずは日本語。とりあえず「ん」まで終らせてあとは学習帳をあげる。あいさつぐらいはなんとかできるようになったかな。4年生以下も廊下から覗いていて日本語を勉強したいみたい。その後音楽。ようやく「ドレミの歌」を外で足踏みしながら通して出来るようになった。帰りは車の荷台に乗せてもらう。教えているときには思い出しもしなかったけれど、あの子達のうち10人以上がエイズでなくなってしまうんだということを夕焼けに染まったタイの風景を見ながら考えた。

すこし休んでから「青空食堂」で夕飯。学生街の食堂だけあって雰囲気が最高。料理もおいしかったけれど、「スイカ」・「トマト」・「りんご」ジュースはいままで飲んだジュースで一番おいしかった。が飲みすぎておなかが冷えて大変なことになってしまったのでした。

ナイトバザールでお土産買い。西欧人の方が圧倒的に多い。ウィラポンさんが知人のトゥクトゥクを奪って自ら運転。いきなり道の真ん中で立ち往生。温厚と言われるタイ人だけどさすがに怒鳴られました。風切って走るのは気持ちいい。「トゥクトゥクは何人まで乗っていいの?」「エンジンが壊れるまで」そんなチェンマイ最後の夜。

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