最後の記事を書かなければと思いつつ、

何を書けばいいのやら・・・

考えていました。



般若心経を自分なりに理解すること、他に対して感謝することをはじめ、

お遍路の経験を生かせているだろうか?

お遍路をしたからといって、偉くなったわけでもないし、

いかなる困難にも立ち向かえるパワーがついたわけでもない。

歩き終えてから、もうすぐ3か月。

うだるような熱い夏に四国に居たことが、昔のことのように思われる。


ただひとつ、いつも心がけている、というよりも目指していることは、

心の窓を開けておくこと。

この日 に感じたこととほぼ同じこと。



ふと、心も風通し良く居たいと思った。

それは、自分が小さな部屋にいて、部屋の窓が二カ所開いているイメージ。

強い風、弱い風、北風、熱風、心地よい風、嫌な臭いの風…。
いろんな風が吹いても、それらは長く続かない。
どんな風が部屋を通り抜けても、自分は部屋で普段通りの生活を繰り返している。
部屋には好きなものを集めよう。
そして、いつも窓が開いていれば、心地よい風も入ってくるし、
強風でガラスが割れることもない。
いつも窓を開けて居られたらいいなあ。


このことが、強烈な印象として自分から離れない。

自分を取り囲む状況も対人関係も、そのままを感謝をしながら受け入れられるようでありたい。

どんな風でも風は風、自分がどう評価しようと大差ないんだ、と思えるようになりたい。

きっとこのことが、今の自分にとっての「諸行無常」や「色即是空」であり、

心の窓を開けておくように勤めることが、お遍路経験を生かすことなのではないだろうか。



あともうひとつ、お遍路ではないけれどこの日 に思ったこと。


人がひとり存在することの大きさを前にすれば、

自分がその人にいかなる評価を与えるかなどということは無意味。


このことも、いつも肝に銘じている。



この他にも、小さな発見があったり、スキルが身についたりしたことはたくさんあった。

(たとえば、万歩計がなくても自分が何歩くらい歩いたか分かるとか 笑 )

けれど、上記二つのことが強く印象に残ったので、最後に書くことにした。

お遍路をしなかったら、おそらく得られなかったこと。

ありがとうございます。



そして、読んでくださった方々、

本当に、

ありがとうございました。