お久しぶりのアメブロです。
離れていた期間が長すぎて、全然機能が分からない←
それはさておき、
ブログをまたはじめようかな、と思ったのは、
『病気になったから』です。
長いので、興味のある人だけ↓↓
2014.5
私はその月、妹とはじめての姉妹ハワイ旅行に行く予定で、
すっごく楽しみにしてました。
2日には妹と一緒にリゾートネイルしに行って、
でも実は1日から喉がめちゃくちゃ痛くて、
風邪かな~早くなおさなきゃな~と思っていました。
5月3日、世間はすでにGW。
しかし喉の痛みはピーク。
鏡で確認すると、喉の半分を埋め尽くすように扁桃腺が腫れている。
なんてこったい。
ハワイ目前のため、大事をとって休日診療を受け、
抗生物質をいただいてきた。
これが事の発端。
飲んだその日に発熱。
無知な私は、この発熱は風邪のせいだと思ったし、
手に出来た小さくて痒い発疹は、土いじりをしたので虫に刺されたのだと思った。
4日に夫@医療資格保持者から薬疹だろうと言われ、
違う病院で違う抗生物質をもらってくるも、
発疹はだんだん大きくなり、数も増え、熱も一向に下がらない。
夫が「これは手に負えない、救急車呼ぶよ」
となったのが、5日の夕方。
歩けるので、生まれて初めての救急車へ自力で乗り込み、
そのまま入院。
でも世間はGW。
皮膚科の先生いないんだよー。
7日の朝まで待ってね、なんて言われて、
でももうこの頃には両目がお岩さん並に腫れて、ほとんど視界ゼロだし、
高熱だしで意識朦朧。
とりあえずその時にいた内科の先生に、
水疱瘡ではないかと言われ、水疱瘡の薬を塗りたくられる。
でも水疱瘡は小学生の時やってるし・・・
7日にきた皮膚科の先生に、案の定水疱瘡ではないと言われるも、
「こんな症例は見たことない、なんの病気か分からない。病理検査に出す。
結果は一週間後」
と言われる。
全身、直径1センチ以上の大きな発疹だらけ、
両目は腫れて目やにで上下がくっつき視界ゼロ、
口の中にも口内炎が一度にいくつも出来たような痛みで
食べ物が食べられない、
その上喉まで唾を飲み込むだけで激痛。
日々ひどくなっていくこの状況で一週間も待ったらどうなってしまうの?
夫と私の両親の協議の結果、病院を移ることにした。
地元の総合病院→実家近くの大学病院
地元の先生はプライド高く、
「どこへ行っても同じだと思うけど?えぇ紹介状は書きますよ」
と、随分は言いようだった。
しかもこの総合病院、夜中に看護師にお金を盗まれた。
(盗んでいる最中に目を覚ましたけど、高熱で動けなかった)
ひどい病院もあるもんだ。
その他にもこの病院には色々してやられまして、
病院を移ったのは大正解と言わざるを得ない。
大学病院に移ったその日に、SJSと診断を受け、
適切な処置を受けることが出来、
現在後遺症もなく、発疹痕との闘いだけで済んでいるのは、
家族が転院を決断してくれたからです。
SJSは症例が少なく、診断が難しいのでしょう。
でも現在の若い医者の方々はSJSを授業で習っているはずなのです。
地元の総合病院は皮膚科の先生が1人しかいないし、
しかもおじいちゃん(と言ったら失礼だと思うけど、それなりの年齢)だったのが
敗因でしょうか。。。
ということで、無事退院した私は、
生まれて初めての救急車、
生まれて初めての入院、
生まれて初めてのシンドローム発症、
そして生まれて初めての海外旅行ドタキャン。
人生何があるか分からない。
結婚してから、子供を作ろう、車を、家を買おう、
そのために貯金だ、貯金だ、と思っていましたが、
人生いつ何時、何があるか分からないのです。
私たち夫婦は、2人で生きていく道を選びました。
(あ、SJSは子供を産めなくなる病気ではありませんよ)
今回の入院で、私の死をも覚悟した夫の決断です。
2人で生きていく。
少しだけ、将来設計に余裕が生まれてしまいました。
せっかく元気に帰って来れて、
仕事も再開することが出来た。
2人で生きていくのなら、
2人でいろんなところに行きたい、
いろんなものを食べて、いろんなものを見て、
いろんなことを感じたい、共有したい。
そうだ、旅行好きになろう・・・
というのは嘘ですが、
日々の楽しいことを残していこう、
小さなお出かけも、大きなお出かけも書き記しておこう、
と思ったわけです。
No rain No rainbow
雨が降らないと虹は出ない
入院・通院が続いた昨年。
今年からは、虹のかかる人生になりますように。