「安部公房の『箱男』って小説を知っている?
ダンボール箱に入って世間から隔絶されて暮らす男の話なんだけど・・・」
白石議長が築地に告げたのは確か2011年3月10日だったと思う
「僕は箱に入って暮らす男が、『箱男』の小説の通り、
キモ過ぎて本当に世間に見てみぬフリされるかどうか確かめたいんだ。
それを明日、新宿で決行するから、人が入れる箱を用意してくれないかい?」
ずいぶん急な話だったが、こんなキチガイ染みたイベントに参加できるとは
僕にとってはなんて栄誉だろうか
部屋にあった引越し用のダンボールとガムテープを使って箱を作成
ちゃんと、外が見える目明き穴を確保
この目明き穴は、箱男と外界をつなぐ唯一の経路で、
この穴から箱男の中身は外界をじっとりと見つめたりするというのだ
「箱男はね、一方的に社会を覗くことにとりつかれた男なんだ」
「なるほど、社会を覗いても、社会からは除かれてるのか」
そして、当日。
いやぁ、良く出来てるねなどとヘラヘラ笑いながら白石は箱をスポっと被って新宿の街へ出た
新宿駅東口周辺からアルタ前に歩いて移動
箱が白石の身体にボコボコあたってうるさい。うすっぺらいスニーカーはペタペタ
箱男は行く先々で好奇の注目と失笑を買う
「ぷぷぷ」「何アレ?」「はぁ?」
中には面白がって、記念写メを撮ったり、
「なんかのイベントですが」と声をかけたりしてくる人もいた
私は箱男を写しながら、離れて歩いた
箱男白石は、広告が背負えないサンドイッチマンのように孤独だった
箱男がコペンコペンと歩くたびに
軽蔑の眼、嘲笑の眼が彼の一身に注がれる
「アタマおかしいんじゃねーの?」
私もすれ違いざま視線や言葉で罵倒される彼を見て、複雑な笑いが何度もこみ上げて
何度もカメラをとる手を震えさせる
しかし、新宿の街はとっくに異物だらけで、
刺激に慣れきった都会の人々は
一瞬、箱男に視線を注ぐも
再び退屈そうな目で商業ビルの方へ向かって歩いてく
信号待ちをしていた女子高生二人は
隣に箱男という変質者がいるにも関わらず
隣を一瞥しただけで、再び全く変わらないコミュニケーションを始める
彼女らは手の無い箱男が無力で疎外されるべきものと知っている
この街ではこれだけ大勢の人がいながら
皆が皆、他人には無関心だ
皆が皆、箱男になる可能性がある
安倍公房はそんなことを言いたかったのではなかろうか
箱男イベントが田舎でなされたならどうだろう。
きっと田舎のおばちゃんが「あれま、どうしたの」とか心配してくれただろう
そんな優しさに触れることで白石は箱を脱いだかもしれない
箱男の存在は社会を異化し、茶化すには充分であった
箱男は歌舞伎町へ
