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日本哭檄節

還暦を過ぎた人生の落ち零れ爺々の孤独の逃げ場所は、唯一冊の本の中だけ・・・。
そんな読書遍歴の中での感懐を呟く場所にさせて貰って、此処を心友に今日を生きるか・・・⁈

 またもや、けふ(今日)も『永田町ネタ』でお茶を濁すが、昨夜のNHK-Gの『News 速報テロップ』で、石破新自民党総裁が、慌ただしい中で、頭を捻りに捻って居たと想える

『党&内閣主要人事構想・・・』

の最重要役職で、

『幹事長に、森山裕(現)総務会長と、官邸官房長官に林芳正(現)官房長官の留任を決定・・・!』

と云う文字を読んで、ジジイは、空かさず、

『やっぱりな・・・!』

と想った次第で・・・!

 

(画像は、news.yahoo.co.jpより拝借)

 

 否・・・、これは、一日遅れの『後出しジャンケン』では無く、

『森山裕氏・幹事長起用・・・』

を、ジジイは、石破氏が総裁選に当選が決定した時から、

『石破氏が本気なら、この人を選ぶだろうな・・・!』

と想って居たし、同時に、

『若しこの人を幹事長に据えたら、なかなか手強い布陣に為るな・・・?!』

とも想って居た次第で・・・!

 

 ジジイのそんな複雑な不安が、こんな時だけ的中してしまった訳だが、この『森山裕氏』とジジイは、その昔、ジジイが薩摩の自民党青年部の『使いっ走り』をして居た頃の同士で、鹿児島県連の青年部役員会や研修会で、

『鹿児島市議会議員の若手TOPリーダー・・・』

として、永田町(=国政)登りの地布を築きつつ有った氏をしばしば目近に観て来たから、森山氏の政治的手腕には一目も二目も置かせて貰って居たし、市議会議員7期目で、43歳にして国政(=参議院・1998[平成10]年)へ転身し、任期途中で、且つて、中曽根康弘氏が率いた派閥(=中曽根派)の大番頭だった『山中貞則氏(=鹿児島5区)』の死去に伴う『衆議院議員補欠選挙(=2004[平成16]年)』で、隙を逃さず衆議院議員に鞍替えを果たし、今に至って居る(=7期目)辺りは、

『鮮やか・・・』

と云う見事さで有るし、それよりも前に、夜間高校を卒業後、23歳で中古車販売業を興し、当時は画期的若さとも云えた

『30歳で鹿児島市議会議員に当選・・・』

した後、今度は、当時は

『年功序列(=長老指定席)・・・』

が慣例だった『議長職』を、僅か4期目途中(=1989[昭和64&平成元]年5月)で、自民党市議団の若手と野党や無所属議員を誑かし、

『市議会の改革(=活性化)と若返り・・・』

を謳って、『クーデター』で横取りする前代未聞劇を起こした頃(=44歳)から、

『自民党県連の若手の花形・・・』

として、その動向が注目を受け始め、丁度、このジジイも、一廻り若手世代として、尊敬と畏敬の念で眺めて居たモノだし、その市議会議長として名を売って居た頃、ジジイも、この方には、自分の選挙で、わざわざ応援演説に来て一席ブッて貰ったことが有る

『義理あるお方・・・!』

でも有ったりして・・・(汗)

 

 地方議員経験から叩き上げて来た

『政治感(=嗅覚)・・・』

は鋭いし、それを買われて、安倍晋三・元総理時代から、農林水産大臣入閣や党本部の重要役職(=国対委員長&選挙対策委員長&総務会長)を連続して努めて来た手腕は、今や危機的状況(=事情)を抱え、安定感を求められる

『党本部幹事長・・・』

には打って付けだろうが、『野田立憲民主党』や野党各党には、これは手強い相手に為りそうだな・・・!

 

 石破新総裁・・・、なかなか遣りますなあ・・・!

 

 野田氏も、ここは褌を絞め直して掛からねば、掲げた政権交代までの道のりに時間が掛りそうだぞ・・・?!

 

 今夜のNHKスペシャルで、

『来月(=10月)9日を衆議院解散し、同月27日、投開票の方針・・・!』

と報じて居るが、まあ・・・、これだけ注目を受けた総裁選挙での勝ち風に乗って、野党に構える隙を与えず『過半数維持』に奔ろうと云う戦略だろうが、野田新代表が

『楽しみにして居る・・・!』

と云って居た

『がっぷり四つに組んだ論戦・・・』

に応えず、早速、解散総選挙とは、石破殿も、これは些か功を焦り過ぎではないか・・・?!


 こりゃあ、この早さじゃ、ジジイの野田さん応援戦略も、間に合いそうに無いなあ・・・!

 

 ウーン・・・、残念・・・(汗)

 

 毎度の政治ネタばかりを今夜も読んで頂いて居りましたら、誠にありがとうございます・・・(謝&拝)