アカコ 「大河原さん、すごく幸せそう・・・・」

アカコ 「これも全部、瀬崎先生のおかげですよね」

「大木田さん、それ、どういう意味?」

アカコ 「あれ?ご存じないんですか?」

(もしかして私、何か大きな勘違いをしていた・・・?)

2人きりになるのを待って、大木田さんが大河原さんのことを話し出す。

アカコ 「大河原さんは、20年前に奥様をなくされてるんです」

「じゃあ、さっき一緒にいた女性は・・・?」

アカコ 「あの方は、奥さんが亡くなってから」

アカコ 「大河原さんが思いを寄せていらっしゃった方だそうですよ」

(そうだったんだ・・・)

アカコ 「大河原さんはご病気の事を知って以来」

アカコ 「あの女性と静かな最期を迎えたいとお望みだったんです」

アカコ 「でもご家族が、それを許してくれなくて」

アカコ 「きっと、再婚されたら財産を取られてしまうと思われたんでしょう」

「そんな・・・」

アカコ 「娘さんも息子さんも大河原さんを病院に閉じ込めて」

アカコ 「私達にも『家族以外の人間には一切合せないようにしてくれ』って」

アカコ 「まるで監禁ですよ、あれじゃ」

(ひどい・・・)

「瀬崎先生は、それを知って・・・?」

アカコ 「ええ。大河原さんの意思を尊重して差し上げるために」

アカコ 「ご家族の反対を押し切って退院を決めたんです」

アカコ 「院長には『折角の特別室の患者をみすみす手放すことはない』って」

アカコ 「最初は反対されてたみたいですけど」

アカコ 「ほら、タイミングよく金城レイナが来たから」

(そういう事だったんだ・・・)

(私は一体何を見てきたんだろう?)

(大河原さんの気持ちも、瀬崎先生の気持ちも、何も分かってなかった)













「瀬崎先生」

一成 「・・・なんだ」

「大河原さんの事で・・・」

一成 「またその話か」

「違うんです。大木田さんから事情を聞きました」

一成 「・・・」

「私が間違っていました。すみませんでした」

「何も知らなくて、先生にひどい事を・・・」

一成 「そんな事はどうでもいい」

「よくありません!」

「何も言って下さらないから、私、先生を誤解してしまうところでした」

一成 「・・・他人からどう思われようと構わない」

「でも同じ外科の仲間としてやっていくわけですから」

「もう少しコミュニケーションも密に・・・」

一成 「誤解を防ぐことと患者を救うこと、どちらが大切かは明らかだ」

「・・・」

一成 「・・・この間、言っていたな」

一成 「『小森さんを救えなかったことが悔しい』と」

「はい・・・」

一成 「たとえ命が救えなくても、他に救えるものは必ずある」

(他に、救えるもの・・・)

一成 「それを考えるのもまた、医者の仕事だ」

「・・・」


一成 「くだらない事に気を取られている暇はない」

「・・・」

(医者同士のコミュニケーションも)

(瀬崎先生にとってはくだらない事なんだ)

(確かに、先生の言ってる事も大切だと思う)

(でも、なんであそこまで孤独になろうとするんだろう…)















回診に行こうとして前を通りかかると、小森さんの娘さんの姿がある。

(話、したくないかな。でも・・・)

泣きはらした目を見て、胸が痛む。

「小森さん」

小森娘 「あ、先生・・・この間は、お世話になりました」

(良かった…思ったより落ち着いてるみたい)

(お母さんが亡くなった時はどうなることかと思ったけど・・・)

「今日はどうしたの?」

沙緒美 「退院の手続きとか色々あって、来てもらったんです」

小森娘 「父が仕事で来られないので、代わりに…」

「そっか…」

(かわいそうに。亡くなった後の手続きなんて、辛いだけよね)

小森娘 「あの・・・母のこと、ありがとうございました」

「ううん・・・」

(私は結局、何もしてあげられなかった…)

「・・・あなたは強いのね。でも、無理しないで。私だってあの時・・・」

思わずお母さんの事を言いかけて、八ッとなる。

小森娘 「どうしたんですか?」

「あ、ううん・・・」

「辛かったり困ったことがあったら」

「一人で無理しないでいつでも相談に来ていいのよ」

小森娘 「ありがとうございます。でも、大丈夫です」

小森娘 「瀬崎先生のお話しを聞いて、もう泣いちゃいけないって思ったから・・・」

「え?」

小森娘 「あの後、瀬崎先生が声を掛けて下さって・・・」

(あの後って、私が泣いていた時だ・・・)

小森娘 「私、言ったんです」

小森娘 「どうしてお母さんの余命が近い事、教えてくれなかったんですかって」

小森娘 「そしたら、瀬崎先生が教えてくれたんです」

小森娘 「入院中にお母さんが言ってたこと・・・」

小森娘 「お母さんは私に、自分の笑顔だけを見ていて欲しかったんだ、って」

小森娘 「余命が近いって言えずに辛かっただろうって」

小森娘 「でも私の前では一度もそんな顔見せないで、いつも笑ってた」

小森娘 「お母さん、私のために最後まで頑張ってくれてたんです」

(瀬崎先生がそんな事を・・・)

小森娘 「だから私も」

小森娘 「天国のお母さんにたくさん笑顔を見せてあげようって思って・・・」

小森娘 「いつまでも泣いていたら、お母さんが悲しむから」

小森さんの娘さんはそう言うと、まだ腫れの残った目でニッコリ笑う。

(強い子・・・。12年前の私と同じだなんて思っていたけど、全然違う)

(私はこんなに強くなれなかった・・・)













中庭を歩きながら、瀬崎先生が言っていた言葉を思い出す。

『たとえ命が救えなくても、他に救えるものは必ずある』

(瀬崎先生は、大河原さんと小森さんの娘さんの気持ちを救ったんだ)

(医者としてだけじゃなく)

(人として患者さんにできる事をいつも考えてる・・・)

(瀬崎先生は、私が思ってるような人じゃないのかもしれない)











(でも、この人の息子よ…)

胸像の前で、その顔をじっと見つめる。

(この男は12年前、医療ミスでお母さんを死なせ、その事実を隠ぺいした)

(絶対に許してはいけない人間)

(復讐するためにここに来たのに)

(復讐相手の息子に共感なんかしてちゃダメだ…)

♪~


(あ、コール・・・入江先生からだ)

「はい、○○です」

入江 『入江ですが、今どちらに?』

「院内にいますが・・・?」

入江 『それじゃ、すぐに院長室までお願いします。院長がお呼びです』

「はい、わかりました」

(なんだろう?)

(ご指名のオペを断ったみたいになってしまったこと、まだ怒ってるのかな…)

ガチャリ

「失礼します」

院長 「おお、○○さん、悪いね、忙しい所を呼び出して」

「いえ・・・」

(なんか、ご機嫌良さそう・・・?)

院長 「一成から聞いたよ。城山代議士のオペ、やってくれるそうだね」

「ああ、はい・・・」

院長 「うん、良かった。これで安心だよ」

「先日は、せっかくの機会を無下にするようなことを言ってすみませんでした」

院長 「いいんだ、いいんだ」

院長 「入江くんも言っていたが、確かに一成程の外科医と一緒にオペをするのは」

院長 「かなりのプレッシャーだからね」

院長 「よく考えたら、弱気にならない方がおかしい」

「・・・」

院長 「現に、これまで何人も潰れていったからね」

院長 「みんな、口ほどにもないヤツらばかりだった」

「そ、そうなんですか・・・」

院長 「その点、○○さんは優秀なのに実に謙虚だ」

院長 「一成のいいパートナーになれるだろう」

(ずいぶんと都合よく聞こえるけど・・・)

(要するに、瀬崎先生と上手くやってくれさえすれば)

(誰でも良いって事でしょ)

院長 「君には期待しているから、頑張ってくれたまえよ」

「はい・・・」

院長 「用件はそれだけだ。実はこれから出かけなくてはならなくてね」

院長 「呼び出しておいて悪いが、これで失礼するよ」

「行ってらっしゃいませ」

バタン!

慌ただしく出掛けていく院長を見送り、ため息をつく。

(入江先生が言ってた通り)

(院長はもう患者さんを診る気は全然ないみたいね)

出て行こうとして、ふと立ち止まる。

(そういえば保存カルテのこと、探るチャンスかも・・・)

廊下の物音に耳を澄ます。

(誰も来る様子はなさそうだし・・・)

私は院長の机に近寄り引き出しに手を掛けた。

(ないなあ・・・。12年前の医療ミスに関わる証拠)

(必ず何かしらあるはずだと思うんだけど・・・)

ガタガタッ・・・


(あれ?この棚の引き出しだけ、鍵がかかってる。もしかして、ここに・・・)

(そういえばさっき、鍵の束が入ってる引き出しがあったっけ?)

(確か、この辺・・・)

コンコン!

「!」

入江 「入江です」

(入江先生!どうしよう・・・)

入江 「入りますよ、院長」

ガチャリ

入江 「いないのか・・・」

入江 「ん?」

入江 「・・・誰だ?」

「・・・」

入江 「そこで何をしている?」

入江先生が近付いてきて、腕をつかむ。

入江 「あなたは・・・○○先生じゃないですか」

「入江先生・・・」

入江 「なぜ、あなたがここに?」

「・・・院長に呼び出されまして」

入江 「でも、院長はいないようですが?」

「ええ・・・先ほど、お出かけになられました」

入江 「なのに、○○さんはここに残って何をしているんです?」

「それは・・・」

「空がきれいだったものですから、つい」

入江 「・・・それはつまり、サボりという事ですか?」

「・・・すみません。院長が先に出て行かれたので、ちょっと寛いじゃって…」

入江先生が苦笑する。

入江 「よりによって院長室でサボるとは、大胆な人だ」

「すみません。仕事に戻ります」

私は一方的に会話を打ち切ると、部屋を出る。

バタン!

(危ない所だった・・・)

(怪しまれはしなかったと思うけど、無計画な行動には気を付けないと)













数日後。

仕事を終えて家に帰ろうとすると、ナース達が妙に騒がしい。

(どうしたんだろう?何かあったのかな・・・)

師長と大木田さんが歩いてくる。

師長 「まったく、嫌になっちゃうわ・・・」

「あの、どうかしたんですか?」

師長 「金城さんですよ。特別室の、金城レイナさん」

「何か、問題でも?」

アカコ 「ここに入院してる事がマスコミにバレて」

アカコ 「今、正面玄関に報道陣が殺到してるんです」

「そうなんだ・・・」

アカコ 「特別室の窓にも向かいの建物からカメラを向けられてるとかで」

アカコ 「金城さんもマネージャーさんもピリピリしてて」

師長 「あのマネージャーさんときたら、すっかりうちのナースを犯人扱いですよ」

師長 「『情報をリークした人間を探して連れてきなさい!』なんて、言われてて」

師長 「セキュリティがどうとか、個人情報がどうとか、30分もお説教されました」

「それは大変でしたね」

師長 「先生は、今からお帰りですか?」

「ええ、当直明けなので、今日は早めに失礼させて頂こうと思いまして」

師長 「それなら、裏に回られた方がいいですよ」

師長 「正面から出ると、マスコミに囲まれますから」

「裏というのは・・・?」

アカコ 「見つからない裏口があるんです。私、ご案内しましょうか」

師長 「そうね。そうしてちょうだい」

アカコ 「じゃあ、先生。行きましょうか」

「ええ」











廊下の奥へと進み、突き当りを曲がると、ぐっと照明が暗くなる。

「こんなところがあったんだ・・・」

アカコ 「そうなんです。外科のあるところは新館なんですけど」

アカコ 「ここからは旧館なんです」

心なしか、壁も黒ずんでいるように見える。

「へえ・・・。旧館があったなんて知らなかった」

アカコ 「今はもう使われていないので、ほとんど人は通らないんです」

(もったいない。この程度の建物なら)

(現役で使われてる病院がいくらでもあるのに・・・)

(それだけ、この病院の資金繰りが良いって事ね)

アカコ 「この先の階段を下りると、裏口なんです」

「そうなんだ。それなら、もうここで大丈夫よ」

アカコ 「そうですか・・・?」

「ええ、大木田さんは仕事に戻って。どうもありがとう。助かったわ」

アカコ 「裏口を出たら、建物沿いに行けば表通りに出られますから」

「分かった。暗いから気を付けて戻ってね」

アカコ 「先生も、お気をつけて」

「じゃあ」

私は大木田さんと別れ、薄暗い階段に足を踏み出した。










ギィ・・・

(錆びててすごく重くなってる。本当に全然使っていないんだ・・・)

そっと顔をのぞかせると、辺りはひっそりと静まり返っている。

(誰もいないみたいね)

(良かった。この階段はちょっと不気味だったけど・・・)

病院の外に出ようとした、その時。

♪~

「!」

(誰かいる!?)

???「分かった。後で行くと伝えてくれ」

(この声は、瀬崎先生・・・)

(どうしてここに?)

不思議に思いながら、声がした脇の建物に近付く。

非常階段を見上げると、瀬崎先生がタバコを吸いながら何かを書いているのが見える。

(あんな所で何をしてるんだろう?)

「瀬崎先生!」

一成 「!」

瀬崎先生が驚いたように顔を上げる。

その拍子に、瀬崎先生の手元から紙が1枚、ひらりと舞い落ちた。

(あ・・・)

駆け寄って、紙を拾い上げる。

(あれ?これって・・・)

瀬崎先生が降りてきて、無言で手を差し出す。

「これ…この間なくなった小森さんのカルテのコピーですよね」

一成 「・・・」

よく見ると、小森さんが話したらしき娘さんとのエピソードなどのメモ書きがある。

瀬崎先生の手元には、分厚い手帳。

瀬崎先生は私の手からカルテのコピーを奪うと、その手帳に挟み込んだ。

「もしかして、患者さんの記録を全部そこに・・・?」

一成 「・・・亡くなった人の分だけだ」

「でも先生はこの間、『終わったことに時間を使うのは無駄だ』って・・・」

一成 「ただ泣いているだけならな」

「・・・」

一成 「でも、忘れないでおくことには意味がある」

「次の患者さんに活かすため・・・」

一成 「ああ・・・それと、戒めるためだ」

一成 「・・・自分自身を」

ふっと暗い表情がよぎる。

(自分自身を戒める・・・)

(瀬崎先生は)

(すべての患者さんの死を背負って生きていくつもりなんだろうか?)

(そんなことしたら、とても身が持たない)

私は、いつか仮眠室で激しくうなされていた瀬崎先生の姿を思い出す。

(それであんな風にうなされていた…?)

瀬崎先生はそれ以上の質問を拒むように背を向け、薄暗い病棟へと姿を消した。

(この人は、本当は誰よりも優しくて温かい人なのかもしれない…)