病は気から。
うふん
みなさま、お元気ですか?
僕は今年に入ってから二度も、
38度以上の発熱をともなう風邪にやられちまいました。
二度も、ですよ。
一回目は風邪ひいてるのに無理して仕事に行こうとして朝起き上がった瞬間に腰に激痛。
あえなくぎっくり腰と高熱のダブルパンチに見舞われる。
二度目はのどの痛みからの激しい頭痛。
もう瀕死です。
一ヶ月のうちに二度も寝込むなんて生まれてはじめて。
粗末な食生活と、ここ半年で15kg痩せたので、
急な体重の減少に体がついていってないのかなぁと。
この歳で、こんな田舎で、
病院に行く金銭的な余裕もなく、病床に伏すというのは、
孤独、無力、本当に怖かった。
けれど、それとは別にいい感覚もあったんです。
今まで以上に、病気である自分を、
受け入れることができている自分を発見できたんです。
これは不思議。
今までの僕は病気になったりすると、「仕事が忙しいのに」とか、
「同僚に迷惑をかけてしまう」だとか、「給料が減ってしまう」だとか、
自責の念ばかりを抱いていた。
ところが今度は、うすっぺらい布団の上で、
「あぁ、しょうがねぇなぁ、ゆっくり休もう」って自分を解放してあげられた。
これは僕にとっては大きな進歩なのかもしれない。
自己分析するかぎりでは、僕は成長するにつれて、
「あれはこうでなきゃいけない」「あそこまでやり遂げなければならない」
みたいな強迫観念に常に塗りつぶされたような、潔癖性まではいかないけれど、
そんな性格に無意識のうちになってしまっていたようで。
でもそれは逆に言うと、日常生活からして、
「自分が設定した範囲から物事が逸脱するのが怖い」
っていうことでもあるんですね。
一見、一生懸命なふうな人間に見えて、
じつは、ただ自分で自分の可能性にフタをしてるだけだったという。
そんなことに最近気づきはじめて、
できるだけ物事に身をまかせて、些細なことに気をつかわないでいよう、
自分のせいじゃないことまで背負ったりしないでおこう、
なんて思ってたりしてたんです。
そしたら病気になってその効果がひょっこり出たんです。
体はきつかったけど、心は今まで病気した時より楽だった。
だってしょうがないじゃない。病気なんだもの。
体が悲鳴を上げてるのに、心まで重たくしてちゃ自分がかわいそうだもの。
って思えるのがちょっと素敵。
精神と身体ってのは妙な連携プレーを見せるものなのですねぇ。
病院に行けるくらいの余裕はないとヤバいけど(笑)
みなさま、お元気ですか?
僕は今年に入ってから二度も、
38度以上の発熱をともなう風邪にやられちまいました。
二度も、ですよ。
一回目は風邪ひいてるのに無理して仕事に行こうとして朝起き上がった瞬間に腰に激痛。
あえなくぎっくり腰と高熱のダブルパンチに見舞われる。
二度目はのどの痛みからの激しい頭痛。
もう瀕死です。
一ヶ月のうちに二度も寝込むなんて生まれてはじめて。
粗末な食生活と、ここ半年で15kg痩せたので、
急な体重の減少に体がついていってないのかなぁと。
この歳で、こんな田舎で、
病院に行く金銭的な余裕もなく、病床に伏すというのは、
孤独、無力、本当に怖かった。
けれど、それとは別にいい感覚もあったんです。
今まで以上に、病気である自分を、
受け入れることができている自分を発見できたんです。
これは不思議。
今までの僕は病気になったりすると、「仕事が忙しいのに」とか、
「同僚に迷惑をかけてしまう」だとか、「給料が減ってしまう」だとか、
自責の念ばかりを抱いていた。
ところが今度は、うすっぺらい布団の上で、
「あぁ、しょうがねぇなぁ、ゆっくり休もう」って自分を解放してあげられた。
これは僕にとっては大きな進歩なのかもしれない。
自己分析するかぎりでは、僕は成長するにつれて、
「あれはこうでなきゃいけない」「あそこまでやり遂げなければならない」
みたいな強迫観念に常に塗りつぶされたような、潔癖性まではいかないけれど、
そんな性格に無意識のうちになってしまっていたようで。
でもそれは逆に言うと、日常生活からして、
「自分が設定した範囲から物事が逸脱するのが怖い」
っていうことでもあるんですね。
一見、一生懸命なふうな人間に見えて、
じつは、ただ自分で自分の可能性にフタをしてるだけだったという。
そんなことに最近気づきはじめて、
できるだけ物事に身をまかせて、些細なことに気をつかわないでいよう、
自分のせいじゃないことまで背負ったりしないでおこう、
なんて思ってたりしてたんです。
そしたら病気になってその効果がひょっこり出たんです。
体はきつかったけど、心は今まで病気した時より楽だった。
だってしょうがないじゃない。病気なんだもの。
体が悲鳴を上げてるのに、心まで重たくしてちゃ自分がかわいそうだもの。
って思えるのがちょっと素敵。
精神と身体ってのは妙な連携プレーを見せるものなのですねぇ。
病院に行けるくらいの余裕はないとヤバいけど(笑)
大きなマイナス。
今日も雨が冷たかったなぁ。
夕方に少し見れた晴れ間が、世界が開けたみたいでとても素敵だった。
大きなマイナスを背負ってから、
でっかい夢とか大いなる野望とかいうのより、
揺るがない意志が大切なんだろうなと思うようになった。
本当に根本的な、人として墜落しないための、揺るがない意志。
人間なんて所詮動物に毛が生えたようなもの。
バカでアホで過ちを繰り返すどうしようもないもの。
そういうあきらめを悟った時期もあったけれど、
それこそ大きなマイナスを背負った時、
揺るがない意志がなければ、さんざん人を悲しませ、憎まれ、
同情もされない野蛮人に僕はなっていたに違いない。
たとえば、自分のことを本気で思って大切にしてくれる。
そんな人に僕は今までどれくらい出会ったのだろうか。
その数がもし、幸せというものと比例するのならば、
僕は幸せなのか、はたまた不幸なのか。
たまに出会う「豊かな人」にはたしかに「豊かな人」がまわりに豊かだ。
でも、大きなマイナスを背負ってから思うのは、
揺るがない意志で自分を思いやることが大切だってこと。
揺るがない意志があれば、
自分が今、ゼロ地点からどれくらいの場所にいるのか、
それを知ることが出来る。
努力することや、継続することが苦手で、気分屋な僕だから、
なおさらそんな気がしている。
背筋を伸ばし、胸を開き、深く深く呼吸を数回繰り返してみるのだ。
どうだろう。
それだけでいい気がしてきたよ。
"hope is good"
さてさて、
ブログを再開してみたものの、
再開した途端なに書いていいかわかんなくなって、
あー困った困った。
なので、とりあえず昨年末にリリースしたアルバムの紹介を。
タイトルは "hope is good"

一応、本名で活動を始めてから最初のアルバムですので、
カワヅ ヨウエイのデビューアルバムという名目にしました。
いやぁ、デビューアルバム、いい響きだなぁ。
このアルバムはとにかくシンプルな音作りにしたくて、
ほぼアコースティックギターと歌だけでレコーディングしました。
"hope is good"
この言葉はある映画のセリフの引用なんですが、
僕が東京を去る時に知人が僕に送ってくれた言葉なんです。
なんでしょうね、
自分と向き合う、自分をつなぎ止める、さらけ出す、
自分を愛してあげれるようになる、そして、今の僕にはまず、
「希望」っていうものは「良いもの」なんだ、
と認めてあげることから始める必要があると思ったんですね。
そんなことをずっと考えてて、
"hope is good"っていう言葉がピンときたんです。
そういう意味でも僕にとっては必要なアルバムだったんですね。
どんなに拙くても。
なので、こういう音作りになったんだと思います。
実際は時間がとれなかったり、っていう理由もありますが、
音自体は寒さが厳しくなりはじめた頃に録音を始めたので、
ふんわりあたたかな、ぬくもりのあるぼやけた感じの輪郭に仕上げてみました。
そしてこのアルバムは配信限定で、無料です。
マジで、「タダ」なんです(笑)
理由はもう本当に、できるだけたくさんの方に聴いていただきたい。
それだけです。後先考えてませんし、そんな脳みそありません(笑)
以下のリンク先でダウンロードできますので、
是非とも聴いてみてください。
official.fm
阿蘇は一段と寒さが厳しく、今日は雪が積もりました。
みなさまも風邪など召されませぬよう。
では、また。
なんとなく再開。
ども、
阿蘇の山奥に潜む名も知れぬシンガーソングライターです。
いやーその、
新しいブログのほうがどうも写真のギャラリーっぽくなってしまい、
文字を入れるのが忍びなくなってきたので、
こちらを再開しようかと思いまして。
いたしかたない。
やっぱり言葉を吐き出す場所が必要で、
ソーシャルなんかはなんとなく気を使っちゃうし。
未熟でも、間違ってても、うんばらばー!!
人間だもの。
ということでよろしくお願い申し上げます。
ブログ移設のお知らせ。
こんばんは。
阿蘇の山奥に潜む名も知れぬシンガーソングライターです。
この度ブログをアメーバからtumblr(タンブラー)へ移行することにしました。
新しいブログはこちら → We might as well be strangers in another world
東京で暮らしていた頃から続いていたこのブログですが、
今年から本名で活動し始めたということもあり、
ちょっと遅いですが心機一転ということで移行することに決めました。
ブックマークをしていただいている方は、お手数ですがURLの変更をお願い致します。
では今後ともシンガーソングライター カワヅ ヨウエイをよろしくお願い致します。
