「結局、9月になってもしっかりあついよね~」

「ほんとだよーー。早く秋になりなさいよ!!」

「なりなさいよ~~~!!」

「もー夏休みは終わっちゃったんだぞーーー」

新学期 桜花中の校舎に久しぶりに大勢の生徒の声が響き渡る

「はい。じゃあ皆、講堂に集合。始業式だぞーーー」

先生達の声と共に いっせいに生徒達が動き出す

学校という所は なにかと式典が好きだ 生徒達に取ってみれば 式典中のお喋りが何よりの楽しみで

特に校長の話は 誰もほぼ聴いていない 聴いている風を装っている だいたい 女子中学生を集団で集めて

静かにさせるほうが 無理がある

「ふわー。ねむ....」

「大橋先生。生徒が見てますから、あくびは遠慮してください」

「あ、教頭。すいません。」

先生にもこんな感じの者がいるのだから 困ったものだ

そして式典は この夏 色々な大会に参加した部活の表彰に移る

そうすると ようやくしっかり前をむき始める生徒達  

やはり 自分たちの仲間が壇上に上がるのは 新鮮だ

バスケ部やバレー部 弓道部など スポーツ系が盛んな桜花女子において 文科系での受賞は

コーラス部しかいない そして そのコーラス部が呼ばれた

「コーラス部 県大会金賞 第三位受賞」

例年と違う 好成績に 講堂がどよめきに包まれる 

代表として丸山が壇上に上がって あの日と同じ様に トロフィーを手にした

「なんだかあの子、変わりましたね」

ある先生が大橋に話しかける

「そうですか。丸山は変わったんじゃなくて、もともとあんな感じなんじゃないですか」

「なるほど。丸山さんじゃなくて、大橋先生が変わったんですね」

「あはは...僕はなにも変わってないですよ。普通の音楽教師です」

そういう大橋は どこか誇らしげに 壇上で深々とお辞儀をする丸山を見つめていた

「なあ、これいつ終わるんだよ....暑いよまったく」

「ちょっとケーコ。あんたの声は響くんだからあんまり喋っちゃだめだって」

「なんでよ...いいじゃんか」

ケーコと同じクラスでコーラス部の由美がこそこそ話しをしている

「ケーコ、今日練習こないの?」

「なんで練習行かなきゃいけないんだよ。私は夏休みのお手伝いでしょうが」

「なんだ...寂しいな...ケーコがいると楽しいのにぃ」

「由美...あんた最近、陽子っぽくなって来たね」

「あはは、私は部長みたいに強くないよ~」

「そっか。あいつも今や部長か...」

「うん。頑張ってる。部のしきたりで、陽子って呼べないのが寂しいけど」

「そっか。私も陽子を部長って呼んでやろうかな」

「ケーコは陽子って呼んであげなよ。付き合ってるんだし」

「は!!!なんだそれ」

「愛し合ってるでしょぉ」

「由美....お前、ぶっ飛ばすぞ」

「こら、そこ二人!!うるさいぞ」

「すいませーん」

背が高く後ろの方に立っているケーコと由美は 先生達からは見えやすく

注意も受けやすい

「ほんとに部長、頑張ってるんだよね」

由美がつぶやいた





まだ夏休みが空けていなかった9月1日

桜花中コーラス部は一・二年だけの新しい代になり スタートした

初日はそれぞれのパートに別れてのミーティングと練習 そして全体合唱

その前に 部長になった陽子の 初めての挨拶が行われた

「皆さん。おはようございます。新しく部長になりました相楽陽子です
おそらく...いや、必ず至らない所で壁に打ち当たると思いますので、どうぞ皆さん助けて下さい」

何とも不思議な挨拶に みんな終始笑いをこらえられなかった

そして始まったパート練習 パート練習はパートリーダーが仕切る

「じゃあソプラノの皆よろしく。新しいパーリーの倉持由美です」

「知ってる」

「だよね」

「あはははは」

陽子と由美の掛け合いに皆大笑いしてしまった

引退した三年生が静かで真面目な雰囲気なのに対して 新しく部活を引っ張る二年生は

やたらと明るくヤンチャで元気なのが特徴だ

一時は陽子と他の二年生が衝突した事もあったが 基本的には仲が良く 少し天然がかった部員も多い

ソプラノパートリーダーの由美もまさしく天然で人の言う事を素直に信じすぎてしまうので

陽子に騙されて 買い食いで退学になると本気で思っていた内の一人だ

隣の部屋では メゾソプラノのミーティングが行われていた

メゾソプラノのリーダー新庄瞳は この学年においての最も穏やかな性格で

リーダーには不向きに思われる節もあるのだが なぜか後輩に慕われていると言う一点で

リーダーに選ばれた またこのパートには 副部長の一ノ瀬明子も所属しているので どちらかと言うと

明子が決定して瞳が指示を出す感じに 初日からなっている

そんな明子はこの学年の中で一番頭が良いとされている

そして

一番悩みを抱えるパートが アルトである

アルトのリーダー近藤奈美恵は悩んでいた

実は引退した三年生は丸山を始め 主要メンバーにアルトが多く

三年生が抜けた煽りを一番喰らっているパートだった

アルトとは女性三部コーラスにおいて いわゆる土台になる部分であり

歌に深みや感動をもたらすのは ソプラノではなく アルトだ

夏のコンクールで歌った難曲 「聳え立つ山」 のクライマックスも

ソプラノの高音をアルトが支えて 初めて感動に繋がるのである

それを充分に理解している奈美恵は 早急なレベルアップを摸索するのとは別に

秘策を考えていた

それは......誰もがうらやむLow voiceの持ち主を口説き落として

メンバーに加える作戦だ

奈美恵の不安は陽子にも分っていた

その不安を取り除いてくれる一番の作戦が

自分の幼なじみをコーラス部に引き入れると言う事も

陽子は十分理解している

しかし......

あの頑固な幼なじみが 首を縦に振るとは思えない

ところでなぜ あんなにも 歌う事を拒むのか?

陽子の気持ちは そこに向かっていた

なぜケーコは 歌う事を拒んでいるのか?

音楽準備室で コンクール当日に楽しそうに校歌を歌っていたケーコ

なのになぜ コーラス部となると だめなのか

陽子は確かめたくて しかたなかった