こんにちは、金澤みやこです。
この世の中で流行るには、
一般人の認める肩書を持つ
豊かさはこのように得られると言って、大きな数字を示す
わたしはこんなにダメだったが、今はこんなに有名な人たちとも知り合えて成功している
スピリチュアル系は、たくさんのマスターや大天使と交流していると言う
以上があれば、流行る存在になれるかもしれません。
これはつまり、その人の価値とはその人の外の評価で決まると示していることです、
そうではありません。
あなたの価値観は、あなたが誰と交流しているかで決まるのでありません。
いくら稼いでいるかとか、
結果を出すメソッドを提供していることや、
有名人と知り合っているとかで
あなたの価値観が上がると思っているのなら、
そのように外の基準で自分への価値観を求めるなら、
それがどれほどあなたを疲弊させ、
あなたという存在の価値観を損なうだけなのか、
これがエゴの罠で在ることに気づくでしょう。
一時の名声を得ても、
その人が満足するのは一瞬で、
また何かをしなくては、
また注目を集めなくては、と焦るのなら、
次々と外の評価を求めさせ、
あなたが囚われの身となってしまうのなら、
それはエゴの罠で、
ハートが閉じているのです。
ここでいうハートとは、
聖なるハートのことです。
ハートが開いていれば、
人からの評価を求めなくても、
自分という存在をただ認め、
愛することがわかるでしょう。
スピリチュアルな人は、しばしば、一人になります。
ハートが開き、スピリットに従う人は、
一人になることもあります。
光の存在は、
本当に世界に奉仕するために、
一人になる方が良いのです、
と、伝えることがあるそうです。
これを聞くと、ハートが開いていない人は、何からエネルギーを得て良いかわからず、何で自分を護ればよいのかわからず、恐ろしくて仕方ないでしょう。
ハートが開いていると、
自分の内側のにある愛の泉がエネルギーの源泉であることをわかっていて、
他の人からの評価ではなく、
そのように評価されている有名人を求めず、
ただ在るだけでよいことが分かるでしょう。
存在していることに、すでに価値があるのです。
しかしながら、価値があっても何もしなくても良いのではなく、
あなたが体験して行くための、行動が求められます。
ただ在り、愛とは内なるもので、愛とは行動です。
しかしあなたの価値が損なわれることはありません。
ですから他の人の価値を損なうこともできません。
ハートが開いていれば、誰かを比較して、相手を損なうことはできないことがわかります。
ハートが開いていれば、自分にとって真実だと思ったものを信頼し、勇気を示して前に進みます。
自己価値観、自己信頼とは、聖なるハートの無条件の愛を知ったときに理解されるものです。
たとえそれが、一瞬感じられることであっても、
一度それがわかれば、
あなたは二度と、外に評価を求めないでしょう。
誰かを他の人と比較して、誰かを貶めるようなことはしなくなるでしょう。
もし、誰かがあなたを貶めているとき、
それが直接の言葉でも、
第三者の言葉を伝えて偽善的にあなたのためと言いながらあなたを傷つけることであっても、
その人のハートを閉じていることに気づいてください。
その人は哀れな、エゴの囚われ人です。
ハートを開くと何が自分を守ってくれるかわからないので、ハートを閉じたままで、
人を傷つけて自分を守ろうとするのです。
これがさらにカルマを重くするのですが、
その結果は、結局、その人に帰ります。
それがカルマの法則、円の法則です。
もしその人が、これ以上ハートを閉じたままでは何ひとつなし得ないと気づき、
ハートを開こうと決意したなら、
その時から、
