小野寺洋介山のリングネームでプロボクサーとして活躍した第32代日本Sライト級チャンピオン。
3度目の防衛に失敗した約1年後の2011年3月11日、ちょうど30歳の誕生日に東日本大震災が起こり気仙沼市の実家は被災し、津波でボクシングの写真、ビデオ、トロフィーなどが全て流されてしまう。
この日、小野寺は新たに学校に通うことを決意し、その面接に向かう予定でいた。
地震により電車は止まってしまい、大宮の店舗もガラスが割れるなどの被害に遭った。
テレビで津波など映像が流れる中、家族とは連絡が取れない時間が続いた。
実際、陸前高田市に働きに出ていた母親の無事が確認出来たのは何日も経ってからだったと言う。
結局、学校に通うという予定はなくなり、現在は大宮店と成田店の店長を兼務する忙しい日々を送っている。
3度目の防衛に失敗した約1年後の2011年3月11日、ちょうど30歳の誕生日に東日本大震災が起こり気仙沼市の実家は被災し、津波でボクシングの写真、ビデオ、トロフィーなどが全て流されてしまう。
この日、小野寺は新たに学校に通うことを決意し、その面接に向かう予定でいた。
地震により電車は止まってしまい、大宮の店舗もガラスが割れるなどの被害に遭った。
テレビで津波など映像が流れる中、家族とは連絡が取れない時間が続いた。
実際、陸前高田市に働きに出ていた母親の無事が確認出来たのは何日も経ってからだったと言う。
結局、学校に通うという予定はなくなり、現在は大宮店と成田店の店長を兼務する忙しい日々を送っている。
つづく


