artaholic 2

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浜っ子美大生による、気ままなアートの毎日。

Hello!!

i am AKARI and art university student in Japan!!
and now, live in London to study English and Art.
i want to be work in art industry in the future...

Love watching art works so trying to write art and exhibition reviews in Japanese and English!!


i hope u enjoy my writing!!


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まともにこれを書くのは久々かも。

帰って来て、授業も軌道にのり、なんとなく新しい生活にも慣れてきました。

朝5時半から6時の間には必ず起きて(朝バイトと授業があるので)、バイトない日は7時前には家を出て、バイトある日は10時くらいまで働いてから学校に行って、授業受けて、帰宅。帰って来たら基本暗い。片道2時間ですからねw
それに、新しくインターンも週末2日間。毎週色んな話を聞いたり、簡単だけども実際のアートの仕事に触れれる良い機会をもらえてると思う。

充実した毎日。なんだと思う。毎日面白い。

でも、どうなんだ。

いや、まあね。全部望んでやってることだからさ。
無理矢理、帰って来て、向こうに行くまでのダラダラした生活に戻りたくなくて、もっと就職とかその後になったときに後悔したくなくて馬鹿みたいに予定詰め込んで他の余計なこと考えないようにしたのは私だけど。

手当り次第にやろうとして、キャパオーバーになってるのかも。
ロンドン行って、自分が何をしていきたいのかなんとなく見えて来た、絞ったつもりだったのに、なんとなく大学やら他の世の中の動きに飲まれてうまく自分が持ててない。ブレてんだよね。

学芸員になりたいわけじゃない。
アーティストになりたいわけじゃない。
ギャラリストになりたいわけじゃない。
一般的なOLになりたいわけじゃない。
ただ、日本や外国って概念に捕われない、世界で、それも、好きなアートの世界で生きていきたい。その世界のアート市場で生きたい。
そうなってくると、なんとなく周りの型から外れてて、マッチするものがよくわからない。
文化政策で、役人的なことをすればいいのか。ギャラリーで、ビジネスとしてアートと触れればいいのか。それとも、他なのか。
私がまだ世の中を知らなすぎるっていうのもあるかもしれないけど、でもそれを知るために裂く時間がうまく作れていないのが現状かも。
気持ちばっかりが大きくなって、体も、お金も、環境もなんとなくあっていない。

私は何をしたいんだろうか。
英語の勉強はとりあえず義務感というか、プレッシャーみたいので続けてはいるものの、英語はただのツールであって、その力で何をするかが結局の問題なのに、それも出来てない。英語使わな過ぎて、駄目になっててるのがよくわかる。
アート市場で生きたいのなら、それこそ家で引きこもって課題やるだけじゃなくて現状を知りに外に出ないといけないのに、暇もない。4限終りでも、帰宅時間18時すぎとか。すぐ夕飯だわさ。
インターンやってるものの、名刺記入や梱包で週を2日も使っていいのか。帰って来て何もやらずに寝る週末で良いのか。向こうでやったインターンが良過ぎて、ちょっと現状に物足りてない気もしてる。じゃあ私に何が出来るんだって聞かれたらよくわかんない。

私がやって来たことは何なのだろう。私の出来ることはなんだろう。いまやっておくベきことはなんなんだろう。
時間はあるようでない。お金は、ない。
もっと有効活用して、人に自慢出来るくらいじゃないといけないんだろうな。

帰ってきて1ヶ月半。
留学=凄いって言われるのが嬉しいものの、ドヤ顔してるとよくいう"意識高い系大学生"扱いされて(実際意識高くて何が悪いんだって話だけど)ウザいから謙遜するんだが、そうするとだんだん"本当に自分"はたいしたことしてないんじゃないかって凹んでも来る。
なんだか、ロンドン生活の思い出も薄まって来て、結局10ヶ月何してたのかな、なんて凹むことも多々あったり。

早く就職してしまいたい。友人たち(幼なじみ達や本来の同級生、一緒に留学したメンバー)が続々と内定もらって、ちょっと焦ってる。
焦らなくていい、お前ならなんとかなるとは言われてるものの、変なプレッシャーとか一人で感じて。でも何も出来なくて。(実際金銭面的にもまだ親に頼りっぱなしだし。いい加減どうにかしたいんだけどさ。)
すくぶってるこの感じ、どうにかしたい。
こんな文句ばっか書いてどうなるんだって話だけどさー。
Manet: Portraying Life

Royal Academy of Arts
26 January – 14 April 2013


ロンドンの王立美術院にて開催されているマネの作品展を鑑賞した。
印象派の先駆者として知られるマネの、肖像画など人物を描いたポートレートを中心とした、パリでの市民生活を表現した作品たちを展示している。

マネは裕福な家庭(父親は法務省高官、母親は外交官の娘)に生まれたマネは、幼少期から芸術家になることを望み、17歳の時、トマ・クテュールの画熟で7年間修行したことから、彼の芸術家としての人生は幕を開けた。その後もルーヴルなどで独自で過去の作風を学習し、1859年に初めてサロンに出品。落選したものの、審査員であったドラクロワなどから高評価を得た。63年に出品した草上の昼食や65年のオランピアで彼の作品がスキャンダルとして世間に問題視されたことは言うまでもない事実だが、彼の考えた当時にとっては画期的だった彼の芸術に対する新しい考え方は、その後の芸術家たちに大きく影響し、印象派をつくりあげたようだ。彼自身も、後輩にあたる彼等の作風に逆に影響されることもあったようで、戸外での制作や細かい筆跡など様々な特徴が見てとれる。

さて、彼の作品とポートレートの関わりについて。そもそも、芸術家として活躍した彼だが、肖像画の制作は彼の専門ではなかった。しかし一方で、流行の印象派作家として活躍する彼の多くの作品には、多くの”人間”をテーマにした作品が多く存在する。前記した”オランピア”の他にも、”笛を吹く少年”や”エミール・ゾラの肖像”など対象をしっかりと画面に写すだけでなく、当時流行であったジャポニズムの影響を受け、日本の版画のような新しい表現方法を多いに利用して、より対象者を個性的に、観る人の目をひくような、そんな作品を世に残していったようだ。

この作品展に訪れたのは平日の夕方のわりに鑑賞者の数は多く、中でも年配の鑑賞者が多かったようだ。作品一つ一つにしっかりと説明が書かれておりとてもわかりやすかった。それに、よくある作品展のように彼の人生年表を作品展の最後の部屋に設置するのではなく、作品展中盤に設置することで、彼の人生がどのようにアートの世界で生きて来たのか、そして今回のテーマである人物画に関して,彼の恵まれたコミュニティ内での交友関係をよりわかりやすく解説する役割を持っていると言っても過言ではないだろう。

リアリティというよりも、どこか曇った、スレた感じのするマネの人物画たちは、描かれた対象者たちの表情などの見た目だけでなく、その後に隠れた個性や彼等の思いなど、より多くの情報を感じ取れる作品であると言えるだろう。多くの鑑賞者に愛され笑顔を向けられる作品たちは、当時の対象者たちの記憶や魅力を現代にまで残した、まるでタイムカプセルのような役割をしていると感じた。


The Bride and the Bachelors
Duchamp with Cage, Cunningham, Rauschenberg and Johns

14 February – 9 Jun 2013
Barbican Centre


デュシャンと、四人の戦後のアーティストとの交流と相互作用の様子を、The Bride Stripped bare by Her Bachelors, Even (The Large Glass)で展示されていた、不思議な作品たちを中心に約100年前に生きた彼の活動の様子を紹介している。
1880年代後半にノルマンディー地方に生まれた彼は、第一次世界大戦を経験後にアメリカにわたり、ニューヨーク・ダダの中心人物として現代芸術の発展につくした先駆者である。彼の作品は所謂コンセプチュアル・アートとして知られているように、一般的な油彩だけでなく(作風はまるでピカソのような写実的というよりも幾何学的な雰囲気がある。実際彼はこの作品制作の方法を初期に終わらせ、その後はよりコンセプチュアルな方向の制作を行なった)、レディ・メイドと呼ばれる”既製のものに手を加えただけの”作品を世に生み出していった。なかでも有名なのは、”泉”だろう。今回の展覧会にも出展(現在、彼の制作したオリジナルの作品は紛失してしまったために存在はしないため、展示されたのは世界中に公式のものとして存在する数百点もの作品のうちの一つである。)されており、小児男子用便器に彼の考えた嘘のサイン”R.Matt(リチャード・マット)”と記入しただけのこの作品は、ニューヨーク・アンデパンダン展に出展されたが、議論の結果展示されなかったらしい。他にも、彼が得意としていたチェスを題材とした作品を多く制作していたり、ダンスなどパフォーマンス・アートにもチャレンジしたり、彼のアートに関する多様な興味関心がみてとれる。
今回の展覧会で個人的に気になった、レディ・メイドとパフォーマンス・アートについて少し言及してみよう。まずレディ・メイドは、”泉”に代表されるように既製物をアートとして新たに生まれ変わらせるという方法をとった、当時としては新しい芸術表現であったといえるだろう。特にデュシャンの活躍した時期は、芸術作品の作風が世紀末芸術から抽象的に変化していく流れの渦中であったため、そもそもの”芸術とは何か”という根本的なアートの軸が見失われていたのではないだろうか。それで、デュシャンは”ただの便器”に”サイン”という、ただのわるふざけにしかみえないモノをアート作品として世に送り出した(出展した)ことで、芸術とアーティストの役割への問題提起を行なったのではないかと考える。
また、これは個人的感想になるが、展覧会内で専用のスペース内で行なわれていたコンテンポラリーダンスを見て、初めて人の体が美しいと思えるようになった。人間を表現していながら、直線でまるで機械のように描かれていたり、明らかに一人の人間の身体を描いているにも関わらず、体の一部が重なりあったりしている現代芸術作品に対して疑問しかもたなかったが、今回このダンスをみて、初めて作家たちがあのような作風で描く理由がなんとなくわかったような気がした。これは、実際にダンスをみてみないとわからないことだろう。
“Between Art and Life“という、展覧会内の一室のテーマであったこのキーワードは、彼の求めた芸術作品をより現代社会に近づけ、社会の変化にそって芸術作品を新たな方向に持って行った、現代芸術の先駆者としての彼の人生を一言で表していると言っても過言ではないだろう。