編集長ブログ -76ページ目

編集長ブログ

ブログの説明を入力します。

昨日、久しぶりにニコルと会った。彼も東京に来るのは1月以来だとか。
いま彼は、被災地の東松島市のために「森の学校」プロジェクトに取り組んでいる。東松島では津波で小学校を流され、高台に校舎を移転させる計画だが、ニコルの企画で「森の学校」を建てることになった。彼は余生をすべてこれに注ぎ込むつもりだと言っていた。
森の中に校舎をいくつも建て、ほんとに動物や木や草のなかで授業をうけさせようという構想だ。子供たちの傷ついた心を癒すのが狙いだが、ニコルは「自然の中で授業を受けさせたら、勉強への集中力も高くなって、吸収が違うんだよ」という。
もちろん彼は木造校舎以外、念頭になかった。ところが、市側が耐震の見地からコンクリの校舎にしたいといいだした。ニコルは譲らない。結局、地元で力のある教育者が後押ししてくれて、やっと木造校舎に決まったという。
ニックは興奮していた。「木の建物はそんなに弱いもんじゃないんだよ」。その通りだと思う。日本の古い寺を見ればわかるし、ニックの故郷、ケルトの人たちも古代からオークの木を様々に使ってきて、木の強さを彼はよく知っている。
講演の打ち合わせもしなければならないのに、久しぶりに会ったから話すことがたくさんある。
彼は、2月はエチオピアに行っていて、その話しになった。エチオピアは森の番人としての彼の原点のような場所である。シミエン国立公園で20人のレンジャーを率いて監督官を務め、恐ろしい密漁者やコミュニストのゲリラと闘った。絶えづ銃を持ち、血を見るような経験もした。
その経験の後、彼は最初の本「THE ROOF OF AFRICA」をNEWYORKの出版社から出した。この本は日本では出されていない。一度見せてもらったが、分厚くて立派な本だった。あるとき、ニコルは僕に、エチオピアで自分は傷ついたんだ、といった。その経験は、彼が日本に定住することになった理由の一つかもしれない。
シミエン国立公園の関係者が最近、長野のアファンの森を見に来て、こんな森が作れるのなら、また、エチオピアに戻って、公園の森を再生して欲しい、といいだした。それで今回、エチオピアによばれたのだが、公園はひどく荒れた状態だったという。
ニコルは、またやる気出しちゃったのか・・・・・・「森の学校」プロジェクトもあるし、「大丈夫なの、ニックさん?」「う~ん、やって見たい」
たしか、今年、彼は74歳になるはずだゾ。最近の彼を見ていると、まるで歳をとるのを忘れてしまった感じ。なぜ、こんなに元気なんだろう?? 見習わなくちゃいけないな。