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  ドナルド・キーン先生が亡くなったのは、正直、ショックだった。96歳というお歳を考えれば、大往生には違いないけれど、心情としてはまだまだ生きていてほしかった。

 その前の月には梅原猛先生が亡くなった。先生も93歳だった。梅原先生とは、私が若いころ知り合い、いろいろな仕事もご一緒してキーン先生よりはるかにお付き合いは深かったが、さほどショックは受けなかった。

 キーン先生に初めてお会いしたのは30年くらい前だろうか? 駒込駅から歩いて10分ほど、北区西ヶ原にずっとお住まいだった。古河庭園を見下ろす古いマンションだ。友人がそのそばに住んでいて、近所の商店街で、買い物をする先生をよく見かけたという。下町の雰囲気のあるその商店街が、先生はお好きだった。一年のうち、コロンビア大学での生活が半年、あと半年を日本のそのマンションで過ごす、という生活スタイルはずっと変わらなかった。

 初めてご自宅にお邪魔したのは、先生が福井県の武生市でした源氏物語についての講演の出版権を頂くのが目的だった。その時、キッチンに夕食のために買われたらしいステーキ用の肉が、経木の包みからのぞいていた。独身の先生の暮らしが垣間見えた。

 私がいた新潮社と先生とはご縁が深かった。コロンビア大学に日本文学の講座を新たに開くために新潮社が2億円を寄付した「新潮チェア」の企画は、キーン先生がコロンビア大学との仲立ちをして実現した寄付講座だった。先生が最近まで心血を注いだ全15巻の著作集も, 最後の長編評伝「石川啄木」も新潮社から出た。

  私が著作権代理人をしているC・Wニコルとも先生は親しかった。6年ほど前、二コルが東京会館で開いた来日50年記念のパーティに来ていただいて、ご挨拶をしてもらった。その時、車いすの先生を車いすごと壇上に持ち上げるのに苦労した覚えがある。

 先生に惹かれるのは、日本文学を極めたいという先生の生き方、純粋な情熱、そしてそれを実行した膨大な作品の読み込みに心動かされるからである。普通、日本文学研究者にはそれぞれ専門がある。上代文学の研究者は、近世や近・現代文学にまでフィールドを広げて語ることはないし、実際できない。しかし、先生は、万葉集、源氏物語から、三島由紀夫、安倍公房まで、あらゆる時代の日本文学を読み、論じてきた。その情熱と知的体力には感服するしかない。

 文学だけではない。昔、司馬遼太郎との対談『日本人と日本文化』を読んだとき、先生の日本文化史に対する知識と識見に驚いた。文学を理解するためにその背景を学ばなければいけないとの思いからだった。

 キーン先生は、昔から世界に日本文化の魅力を発信する「日本文化応援団長」のような存在だったが、東北大震災の後、なんとなく、日本人の心のよりどころのような存在にもなっていた。

 一年ほど前、四谷のレストランで、先生とばったりお会いしてご挨拶をした。養子の誠己さんが先生に肉を切ってあげたり、つき切りで面倒を見ていた。その時が最後だった。

 先生の死は、私だけでなく、日本人の多くに一抹の寂しさを与えたに違いない。

 

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