NHK 「クオーズアップ現代+」のキャスター
先日、NHK「クローズアップ現代+」が保釈をテーマに放送していたら、翌日、保釈中の実刑判決の確定犯が逃亡するという事件が起きた。あまりのタイミングの良さだった。番組は「人質司法」と呼ばれる日本の司法制度への批判が国際的にも高まっていることを背景に、「保釈」の問題を考えようという主旨だった。気になったのは、髙井という検察あがりの弁護士の発言だ。最近、NHKにたびたび登場し、民放の報道番組にもよく出てくる。この弁護士は、まるで検察のスポークスマンのように、検察擁護の発言ばかりする。なぜテレビは最近、この弁護士をよく起用するのだろうか?
我が社で遠藤直哉弁護士の本を出してきた。『ソフトロー・デモクラシーによる法改革』と『新しい法社会を作るのはあなたです』の2冊だ。先生のテーマは、「日本の司法改革」で、日本の司法が古い体質を変えられない問題点を一貫して指摘してきた。
カルロス・ゴーン被告の拘留の問題をきっかけに、日本の司法制度が世界から批判されるようになって、私は、遠藤弁護士の主張がやっと日本でも真剣に考えられるようになったと喜んでいる。
だから、テレビが髙井という検察擁護の発言ばかりする弁護士をしばしばコメンテータに起用することに、問題を感じないわけにいかない。
テレビ・ジャーナリズムが危機に陥っているとかねて思ってきた。ジャーナリズムは市民社会とともに発展してきた歴史がある。国家の権力から市民をまもるのが本来の立場で、政治や司法が間違ったことをしていないかをチェックするのが役割だから、ジャーナリストは特権的立場を与えられてきたのだ。
欧米のような市民社会が成立しなかった日本では、ジャーナリズムはもともと脆弱である。なかでもテレビは影響力が大きいだけに、その姿勢を市民である視聴者がしっかり監視している必要がある。
私は放送担当の記者を7年ほどしていた経験から、テレビの報道番組の変貌をずっと問題視してきた。報道の現場の記者たちの変わりようは驚くばかりだ。特にNHKの報道の変貌である。
「クロ現」ことクローズアップ現代が政権に批判的な国谷裕子キャスターを降板させたあと、懸念した通り、様変わりしてしまった。
先日の「保釈」をテーマにした番組が、何より、世界に遅れた古い体質の検察を批判するのかと思ったら、髙井という人が弁護士でありながら、検察のやり方は合理的だとのたまう発言を長々としていた。NHKの報道制作現場はいったい何を考えているのか? 最近は現場の記者たちの上司への忖度があると聞く。それではジャーナリズムは死んでしまう。
検察は国家権力の執行者である。NHKは、ジャーナリストの江川紹子氏を一緒に出しているのだから、何か問題ありますか? とでも言いたいのだろうか。たんなる両論併記がジャーナリズムの仕事ではない。「報道の公平・中立」というのは、メディアが、権力を持つ政権や司法と市民の間の中立的立場に立つという意味では全くない。どこまでも、ジャーナリズムは、市民の側に立って国家権力をチェックし、市民の知る権利に応えるのが仕事であることを忘れては困るのだ。
電波は国民の財産である。放送局は「公共放送」としての役割を担うという条件で、特別に国民の財産である電波の使用を一時的に許可された事業者にすぎない。免許をもらったから好きになんでもできる事業体ではないのだ。今のほとんどの視聴者はそのことすら知らないのではないか? 放送局は本来、低俗番組を流して金儲けに勤しんだりしてはいけない事業者なのだ。中でもNHKは、市民からの受信料をあずかって運営しているのだから、公共放送としての責任は重大である。籾井という前の会長が、「政権が右というものをNHKが左というわけにいかない」ととんでもない発言をして、さすがに問題になったが、彼自身は論外としても、いまのNHKには、その余燼がくすぶっていると思わざるを得ない。
