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  先日、京都へ出張した。3年ぶりくらいか。稲盛和夫さんのCD集をわが社で出すことが決まり、京セラ本社にご挨拶に伺った。稲盛さんが昔から仏教を学び、経営に生かしてこられたのは知られているが、すでに得度されて僧侶でもあることは、あまり知られていない。今回のCD集のタイトルは「幸せになるための生き方」。稲盛さんが仏教の教えに基づくご自身の人生哲学を語った講演を五つ集める。
 稲盛さんとは昔からご縁があって、今回の企画につながったが、稲盛さんとの出会いや思い出については、また、改めて書こう。今回の話は京都の急速な様変わりについて。
 帰る日に、細見美術館で若冲展をやっていたので見に行った。細見美術館は若冲や琳派の絵をかなり持っている。圧巻だったのは、鶏だけを六曲一双の屏風に仕立てた墨絵。「押絵貼」といって、別々の絵を六曲の屏風に貼り付けてある。初めてこの絵の本物を見た。墨絵の概念を打ち破られた。鳥たちに、いいようのない存在感がある。若冲の天才ぶりがよくわかる傑作だ。(上の写真)
 しかし、若冲がこんなにブームになったのはいつ頃からだろう。初めに若冲を取り上げたのは辻惟雄氏だが、自分が若冲の存在を知るようになったのは、30年ほど前、梅原猛先生が「芸術新潮」に書いた記事を読んでからだ。それまではまったく知らない絵師だった。
 若冲は京都の錦市場の青物問屋に生まれた。跡目を相続してしばらく青物問屋の主人もしていた。錦は今では観光客で賑わっているが、その昔は、地元の人たちの食品市場だった。昔からこの市場が好きで、必ず帰りがけには寄って、漬物や山椒の入ったじゃこを買ったものだった。だから、とても愛着がある。

漬物の打田

 
   私が京都へ出張した回数は半端でない。新潮社にいた時代から数えて、多分100回はゆうに超えるだろう。京都は作家・文化人がとにかく多い。梅原先生、寂聴さん、仏像の西村公朝先生、わが社の「京の絵本」シリーズを描いていただいた日本画家の先生たち・・・・ほんとに、たくさんの先生のお宅に伺った。
 今回、錦市場で驚いたことは二つ。あまりにも外人のお客が増えたこと。英語、フランス語、中国語、韓国語が飛び交っていた。狭い小路が国際通りになっていた。もう一つは、店が変わり始めていたこと。烏丸通りの側から入る入口に、なんと靴のABC-MARTができていた。そこには、確か古い八百屋があったはずだ・・・・・。この代替わりが象徴的に思える。
 変化は錦ばかりではない。いままで知らなかったホテルがにょきにょき建っていた。タクシーの運転手さんが、「外資のホテルがふえましてなあ」といって、鴨川沿いのリッツ・カールトンを指差した。むかし、京都らしい趣のあるホテル・フジタだったところだ。そういえば、都ホテルもアメリカのウエスティンが入ってきたし、次々と外国資本が参入している。近い将来、外国のブランドショップが四条通りに軒を連ねるのだろうか?
 京都がどんどん変わってゆく悪夢が現実ののものになってきた。しかし、同時に思ったことは、京都の街がどんどん変わっても、若冲の絵は、変わらずにそこにある、ということだ。