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  稀勢の里の奉納土俵入りに1万8000人の見物客が明治神宮に押し寄せた。このお相撲さんは私も大好きである。その性格や力士としての姿勢に好感がもてるから、人気がある理由もうなずける。しかし、稀勢の里の綱とりまで、そして横綱になってからのテレビ報道のされ方が、とても気になる。どのくらいしつこく、「日本人力士の誕生!」というフレーズがテレビで叫ばれたただろう。「19年ぶりの日本人力士」という言葉もどれだけくりかえされたか。それらの言葉を聞くたびに、外国人力士はどんな気持ちになっただろうか、と思ってしまう。白鵬だけではない。日本の国技の頂点に立った外国人力士たちは、日本人になろうと健気に努力している。傷ついているのではないか? 基本的には、プロのスポーツの世界に国籍は関係ない。日本人力士が腑甲斐ないだけの話ではないか?
 テレビが「日本人力士の誕生!」と叫ぶとき、視聴者への迎合を感じることもさることながら、視聴者である大衆にそのことをことさら喜ぶ雰囲気があって、それが、とても嫌な気分をおこさせる。テレビがまたそれをあおっている。世界に吹き荒れる「自国第一主義」「ナショナリズム」と同質の空気を感じる。
 先日、テレビの情報番組を見ていたら、話題がトランプ大統領の話になり、ずらっと並んだ政治評論家や専門家の中で、一番まともなコメントを出しているなあと感じたのは、もっとも若い春香クリスティーンだった(写真)。上智大学の学生だったときから、日本の政治家の追っかけをやっていると聞き、面白いタレントだと思った。評論家、専門家のコメントはひとつも面白くないのに、彼女のいうことだけが興味を引く。彼女の、事実や現実を追いかけようとする姿勢は、ジャーナリズムの本来の姿だ。その日のゲストの中で、彼女だけがバイアスのかかっていないまともなジャーナリストなのだった。
 そのことでつくづく感じさせられるのは、またしても最近のテレビジャーナリズムの問題である。報道番組から、政権に批判的なことを言うキャスターやコメンテータが次々と降板させられたのは去年のことだった。それに変わって、政権のスポークスマンのような評論家がニュース番組のレギュラ^・コメンテータを堂々とやっていたりするのにはあきれる。フジテレビが特にひどい。
  専門家の顔をして、いかにも政治に詳しい情報を語っていいるように見えても、その評論家がかつて官邸の高官をしていたり、雑誌に書いていたりすることから分かるのは、語っている情報の読み方にバイアスがかかっていることだ。結果、政権を擁護しようとする意図が読めてきたりする。怖いのは、そういうコメンテータを起用しているテレビの報道現場のスタッフが、はなはだ政治音痴であるということだ。その結果、大衆は現実を正しく認識できなくなる。このままいけば、テレビジャーナリズムは早晩、消滅してしまう。
 民放の創始者、日本テレビの正力松太郎氏は、テレビは大衆を喜ばせる「見世物小屋」だと考えた。テレビの草創期、大衆は街頭テレビのプロレス中継に群がり、茶の間での巨人戦に釘付けにjなたった。松太郎翁の考えたとおりになった。それを見た大宅壮一は「一億総白痴
になる」と見抜いた。演し物が変わっても、今のテレビはその時代の「見世物小屋」に間違いなく戻ってゆく。