スペインの旅漂 2 青白い月光とピエロ | 美術家 村岡信明 

美術家 村岡信明 

漂漂として 漠として  遠い異国で過ごす 孤独な時の流れ
これを 私は旅漂と呼んでいる

              

             青白い 月光とピエロ



                                 村 岡 信 明 詩


    ロマの旋律でジ ンタが鳴り響く 

    ピエロに曲はいらない 客の視線をひきつけ

    おどけ笑いを誘うだけ


    若い頃は一生懸命やったけど 今は半分もやらない

    でも 客の笑は大きくなった 

    いつも 何時までも 俺はピエロ


    空中ブランコが始まると

    ピエロなんて 誰も見ちゃいねぇんだ

    だけど 俺はピエロ


    空中ブランコの神技に拍手が続くなか

    俺は尻を大きく上げて 転んでやった

    シナリオに無いアドリブで


    老けたなぁ じっと見つめる鏡の顔

    楽屋で化粧なおしの独り言

    吾が子の寝顔にキスをして

    次の出番を待つ 俺はピエロ


    ホセ、あいつは綱渡りのアルルカン

    ネットなんかいらねぇよ

    俺が、でっこ(転落)するわけねぇだろう

    いつもジンを飲むと、それが自慢のホセだった


    すりおろしたトマトを流し込んだ土鍋に

    野菜とハムを入れて煮込み

    パプリカをつまんで ふりかける

    腐りかけたハムもこうすりゃ食える

    玉子を落として出来上がり

    フラメンカ エッグにアルコールの炎が揺れる


    ギャァ ~  一瞬の死の叫び

    耳の中に長く 長く つづく

    綱渡りのアルルカンが でっこ!した

    俺には もう、何度も聞いた声


    ホセの奴、女房の作るフラメンカ エッグ

    もう 食えねぇ

    今頃 白い布を被せられ

    急ごしらえの牧師のだみ声と

    あの世行きのジンタに送られているだろう


    ジンタが、カルメン組曲に変わった

    でっこしたアルルカンが足をひきずりながら出てきた

    生きていた! ホッ!とした安堵が客席に流れ

    拍手が湧きにわいた!


    灯を消したテントの中 ライトがおどけた白い顔だけを照らし出す

    涙も隠せる厚化粧

    素顔の顔は誰も知らない


    アルルカンは俺

    テントの裏でピエロが一人消えたのも知らないで


    いま、テントの中にいる観衆は紳士も淑女もみなピエロ

    ピエロが人生なら 人生もピエロ

    笑え 笑え 笑いなさいよ

    人生、笑える時なんて、そんなに多くないよ


    猛獣使いがムチを打ち鳴らして出て行った

    観衆のざわめきが聞こえてくる


    テントの外はイベリアの夜

    青白い月光がホセに涙する