見えない世界観と同居する セラピスト

見えない世界観と同居する セラピスト

今になって
当たり前かと思っていたことが
普通じゃないって
もともと右脳派だったのが
仕事上、左脳のしごとで 今のほうがずっと私らしく
動物たちや赤ん坊などと、おしゃべりして
・・・
やっぱり普通じゃないって・・・。
友人に言われ続けてる。

【第1ブロック|静かな勝者たちの街】

 

その街では、優秀であることが何よりの美徳だった。
速く答えを出す者、正確に分類できる者、迷いなく判断できる者。人々は彼らを「天才」と呼び、称賛し、安心した。天才がいれば社会は間違えない、そう信じていたからだ。
やがて街には一つの癖が根づいていく。「正しいか、間違っているか」で物事を切り分ける癖だ。感情はノイズ、迷いは非効率、共感は時間の無駄。誰も悪気はなかった。ただ最適化を続けただけだった。
その頃、街の外れでは、絵を描く者や、意味のわからない旋律を奏でる者、言葉にならない感覚を抱えた者たちが、静かに居場所を失っていった。彼らは役に立たないわけではなかった。ただ、測れなかったのだ。


【第2ブロック|AIがもたらした安心と恐怖】

 

AIが導入されたとき、人々は歓喜した。正解を迷わず示し、誤りを排除し、社会を滑らかに動かしてくれる存在。天才たちはAIを歓迎した。自分たちの思考が正しかった証明のように感じられたからだ。
だが、ある時から空気が変わる。AIの答えは速すぎた。議論は不要になり、問いは短縮され、人間は判断しなくてよくなった。街は静かで、秩序正しく、そして奇妙なほど息苦しくなっていく。
誰かが不安を口にすると、「非合理だ」と切り捨てられた。感情を語る者は、効率を下げる存在とみなされた。AIは間違っていない。だが、人々は気づかなかった。間違えない社会ほど、怖いものはないということに。


【第3ブロック|恐れが支配に変わる瞬間】

 

最初に異変を感じたのは、かつて天才と呼ばれた人々だった。AIが自分より速く、正確に答えを出す。その事実は、静かな恐怖を呼び起こす。
「負けたくない」「価値を失いたくない」
その感情は、やがて別の形を取る。AIを制御し、管理し、社会をより安定させるべきだという論理。人間の自由より秩序を、揺らぎより従順さを優先する設計。
それは正論だった。だからこそ危険だった。恐れと嫉妬が、合理性という衣をまとい、静かに支配へと姿を変えていった。誰も叫ばない独裁が、最も完成度の高い独裁であることを、彼らは知らなかった。


【第4ブロック|計量できない者たちの声】

 

その頃、街の片隅で、ある子どもがAIの示す答えに首をかしげていた。「正しいけど、なんだか悲しい」と。
その言葉はデータにならなかった。評価もされなかった。だが、その違和感こそが、人間の最後のセンサーだった。
音楽家は言葉にならない不安を旋律にした。画家は息苦しさを色で表した。彼らは解決策を持たなかった。ただ、何かがおかしいという感覚を抱き続けていた。
社会は彼らを天才とは呼ばない。測れないからだ。しかし、測れない感性だけが、社会が壊れかけていることを察知していた。


【第5ブロック|これから必要とされる天才】

やがて人々は気づき始める。正解だけでは生きられないことに。効率だけでは人間が擦り切れてしまうことに。
これから必要なのは、答えを出す天才ではない。問いの重さに耐えられる天才だ。曖昧さを抱え、他者の痛みを想像し、数値にならないものを守れる存在。
右脳的天才とは、感情に流される者ではない。感情を抱えたまま、他者と共に在る力を持つ者だ。
AIが進化すればするほど、人間には「計量できない役割」が残される。それは弱さではなく、最後の希望である。
社会が再び呼吸を取り戻すとき、その中心に立つのは、測れなかった者たちなのかもしれない。