しかし「思う」前に主語の「我」が来てしまうと、せっかく疑い続けて「我」に到達した哲学的論理的意味がなくなるので「思うゆえに我あり」が正しい訳であるとする説がある。
哲学的議論はさらに続くのであるが、肝心の言いたいことが忘れそうなので、この話はここまでにし、どうしても疑い続けざるをえないあるお方の談話について考えてみたい。
...
その談話は日本の歴史的分岐点として、戦争の不安を感じている人なら誰しも固唾を飲んで待機したが、多くの人はそれを受けて胸をなでおろしたに違いない。
しかし、その談話で気になるのは、我がないことである。確かに戦争に対する反省と不戦に関する懸案事項は漏らさず載せられていたが、全て他の引用、継承としてなのである。
熟慮を経た我から始めるのではなく、意志のない私として、責任を回避してると疑われても仕方のないように我がないのである。手放しで喜べない理由がそこにある。
戦前戦中「我」を持たされず胸を張って軍国主義教育をして来た教員が、敗戦後手のひらを返したように「我」のない民主主義教育に転向を余儀なくされたその当時の少年、養老猛は、大人たちの混沌に戸惑いし、デカルトが疑いの果てに到達した「我」と同様に確かな生き方を求め科学者の道に到達した。
彼は自分が教えていた医学部の学生が「我」のないオカルト教団に所属し、その犯罪を未然に防ぐことができなかったことを悔やみ、その大学を去った後、「バカの壁」(養老孟司著) を発表した。
私はその内容に関して、彼の講演を障害者福祉の研修や大学の講演で何度か聞いたこともあったが、その中で印象に強く残るのは、真の教養は化石化した知識を高く積み上げることではなく、わからないことを知ろうとする意志であり、化石のような知識を壁のように積み上げて自ら前を見えなくさせておいて、わからないものはやっちまえというのが戦争ではないですか、といった言葉であった。