あの誕生から二年後にはギランバレー症候群に見舞われ、全身麻痺になりました。
 その時、数日おきに脊椎注射を射たれ恐怖で笑いと笑顔を失いました。幼児脊椎注射の痛さは筆舌に表すことは出来ません。  その時のトラウマで、今でも注射を見えないところに射たれるのは恐ろしいです。
 神様も仏様もまだ私の魂をこの世に置いていかれました。
その事を喜んでくれる人がその時は沢山居ました。

母と父は私を橋の下で拾った子供だと何度も言われました。
母は、貴方のお父様は東大寺の大仏様でお母様は弥勒菩薩様ですよと何度も言われました。

しかし、ギランバレー症候群で対人恐怖症は小学生になるくらいまで続いていました。

祖父はとても頭が良く、小さな頃から私に色々な物を「今から考えれば英才教育のものだった」買ってくれました。
 しかし、私はその物を有効に使うことが出来なかったのでしょう、、、。
幼稚園の頃は、泣いてばかりで、よく姉の後ろに隠れていた覚えがあります。
その頃、家の近くに出来たスイミングスクールに強制的に連れていかれ、泣きながら嫌がったのですが、聞き入れてもらえずスクールに到着、、、身体測定などをさせられ、今でも生々しく記憶にある吸盤にコードがついてるものと大きな洗濯バサミにコードがついてるものを寝台に横になってた私に付けようと近づいてくる人の恐怖に叫びました!
 
まあ、今となっては心電図だったのかと思いますが、その時は本当にギランバレー症候群の時の恐怖がよみがえり恐ろしかったのです。

今日はこの辺で、、、ではまた。

意味不明、支離滅裂、五里霧中、自己破損、心身躁鬱な私の独り言です。


本当に色々ありました。

やってはいけないこと、やらされても、やったのは自分であると言うこと。
自分を後ろから見ている自分がいること。

私が今、この世この場所この時間に何故存在しているのか、あるいはさせられている意味、意義はなんなのでしょうか。

私はこの半年前までどうして生きているのか意味が解らず、何のために存在なのかも理解出来ませんでした。

仕事に追われていた若い頃、父は癌で亡くなりました。
この父が、息をひきとる時病室に居て、死を看取りました。
そのあと、病室を一度出てもう一度病室に入ったとき私は静寂を感じました。
父の亡骸を見ても何も感じませんでした。
ただ1つ思ったのは「体というのは只の入れ物でしかない」ということでした。
ヒトは魂が存在して、人間として成り立つんだなぁと漠然とかんじていました。

 私はこの世に生まれた時、幾つもの光の門を沢山の光の粒と一緒にぶつかり周りの光の粒は門が開く度に減っていきました。
幾つの門をくぐったかわかりませんが、気が付くと私一人になってました。これが私の最初の記憶です。