「唐に五台山といふ所に、文殊の御跡をだに拝みて、もし生きたらば帰りまで来む、
失せならば、必ず極楽をあひ見、拝み奉るべきことを思はむ。」
訳:せめて文殊菩薩の御遺跡だけでも参拝して、もし生きていたら帰って母上の所に参上いたします。
もし息絶えてしまったら(母上と)必ず極楽浄土で再会しようと思っています。
すでに成尋の母は高齢。立派に2人の息子を育て、下の子に岩倉でともに暮らすよう誘われ喜んで生活をしていた時の息子からの言葉。
中国に発つという事は、これが今生の別れになるかもしれない。
この言葉に母親は
「ものも言はれず、あさましう胸ふたがりて、いらへもせられねば」
と綴っています。
この話を読んだ時、すごく胸が苦しくなって。印象的あったので書きとめておきました。
ちなみに、この日記の成立順。
土佐日記―蜻蛉日記―紫式部日記―更級日記―成尋阿闍梨母集―十六夜日記
だそうです。
