二日目に一緒に観た某ねこさんと一献傾けながらあれやこれや話したのであらかた気が済んではいるんですが。
簡単にでも残しておきたい思いがムクムクしてきた末のこの記事です。
前置き取っ払って本編に関する雑感を残しておきます。
あ、でも敢えて短めの前置きをするなら最近タケノコを貰いすぎて戦慄していることです。
タケノコもう見たくないよう( p_q)( p_q)( p_q)( p_q)
さて。
発表後ほどなく原作を買いました。少し手を付けたけど結局読まずに観劇。
漏れ聞こえていたあらすじと原作小説とは別物なことに気づいたので読まなくっても大丈夫だなと。
そのうち読むつもりだけど、戯曲が読みたいです猛烈に。ないけど。
つか氏は他者が自分の戯曲を使う際に使用料を取らない方だったらしく、数々の戯曲が公開されているし戯曲の出版も多い。
しかし台本があってもつか氏の演出は「口立て」という手法で稽古場でセリフをどんどん変えていくそうで…
そんなの台本なんてあってないようなものじゃん。こええなww
この『広島に原爆を落とす日』は台本がなくて吾郎さん主演の時に演出のいのうえひでのり氏が録音聴きながら書き起こししたとパンフに書いてありました。
あ!いのうえひでのり氏といえば!
5月からゲキ×シネシリーズがBSで放送されるのね!
髑髏城とか朧の森とかはDVD買おうか悩んでたのでとても嬉しい。
録画わ…すれ…な、い…φ(.. )
STORY(パンフレットより)
1944年、白系ロシアの混血であるが故に、海軍作戦参謀本部から南海の孤島に追いやられた男・ディープ山崎少佐は、日本が敗戦国となった時の、敗戦国の子供たちに配る納豆作りをしている。しかし、来たるべきデモクラシー、そして愛する女・夏枝への思いが募り悶々とした日々を送っている。一方夏枝は、アメリカ大統領ルーズベルトとの交渉もままならない日本が孤立する中、大本営敗戦処理班の密命を受け、アメリカの原爆投下地点をドイツにすべく、単身ベルリンで工作中であった。 ナチス総統アドルフ・ヒットラーは、無垢なる美しさを秘めた夏枝の愛を成就すべく、ドイツ第三帝国と共に自らの命を絶つことを選ぶ。悪魔の光を放つという原子爆弾投下は、ボタン一つで数十万人の命を奪うという。そんなことが正気の人間にできるはずがない。しかし、選ばれた男は、日本海軍102師団ディープ山崎少佐だった。 すべてを悟った男が原爆搭載機・B29エノラゲイに乗り込んだ。離れ離れになっていた男と女。究極の愛が広島に…
3回観ました。
一度目はとつかくんの美しさに見惚れて4割ほどセリフを聞き逃す。まあまあの量。
整った蒼白い顔の上に茶髪をたたえたとつかくんの美しさは、私に鼓膜を震わせることを容易く忘れさせたのです。
なんとか聞き拾ったセリフも上手く繋ぎ合わせられない。逃しすぎてて。
二度目は舞台上でうごめく世界の因縁や想いを自分なりに取り込むことができた。
三度目はそれを深めてそして…
戸塚祥太はいい役者だな、と思った。
今までもとつかくんの舞台演技をとても好きだったし魅力的だと思っていたけど、それはきっとジャニーズの、A.B.C-Zの、とつかくんが舞台に立って演じてる魅力を私は感じてたんだろうなって思うほど、違う視線で、気持ちでとつかくんを見た瞬間があって。
言葉にすると「あ、そう」って感じなのが本当にもどかしいんだけど、この感覚はちょっとこの先忘れられそうにない。
役になりきってたとか、憑依してたとか、観てるうちに役の気持ちに共鳴したとか、そういうのとは別で、お芝居を観てるときって「この人の演技すごいな」ってただただ圧倒的に役者という存在に心震えるとき、ありますよね。
それをとつかくんで味わった。
とつかくんの力量がジャニヲタである私の目からジャニーズとかA.B.C-Zとかのフィルターを吹き飛ばしたというか。
そしてその感覚を味わった直後に「かわいくん早く観て!」って思いました。
かわいくんはこのとつかくんの演技を見て、たくさんのことを感じて誇りに思ってそして大いに嫉妬したらいいと。
私がえび担としてとつかくんを誇らしく感じて、河合担としてほんの少しだけ嫉妬したように。
今はもうかわいくんは観劇済みだけど、何を思ったろう。
客席で受け取ったものを、生まれた思いを、きっとかわいくんは何らかの形でこちらに還元してくれるよね。
そういう点、とても信頼しています。
ナチュラルにかわいくんの話にすり替わっていることにお気づきでしょうか。
私は今気づきました。
ご存じない方が多いと思いますのでこの機会に注意喚起しますと、私には何の話をしていても最終的に「かわいくん可愛い」に着地する恐ろしい癖があります。
サバンナ八木の「パナキ」的扱いで大丈夫です。(なにが)
話を戻します。
錦織×戸塚以外のつか劇を観たことがない身であれこれ言うのは憚られるのですが、それを前提にすると「とつかくんかっこいい」以外に書くことがなくなってしまうので、つか素人なりに感じたことを。
パンフレットでの錦織×稲垣×戸塚の鼎談でまさに膝を打つやり取りがありました。
錦織 ただ、つかさんの芝居だけは今でも演出するより自分で演じたいと思うんです。だってしゃべりたいと思うセリフがいっぱいあるじゃない。
稲垣 はい。つかさんは「役者に気持ちよくしゃべらせてやってるんだよ」っておっしゃってました(笑)。「だからセリフがいっぱいあるのは嬉しいだろ」って。で、本当にしゃべると気持ちいいんですよね。(後略)
戸塚 僕も言えるのが嬉しいと思う言葉がいっぱいあります。
こーーーれーーーねーーー!!!
客席でも感じることです。
この長台詞の数々、間もへったくれもない言葉の応酬、演ってて気持ちいいだろうなって観ててわかる。
そして聞いてるこっちも実に気持ちいい!!!
覚えるの大変だろなとも思うけど。笑
魅力的に並んだ言葉たちをずっとずっとしゃべりつづけている演者が、次第にノッてくるのをビンビン感じる。
それによって場内の空気が熱を増して、気持ちよく私を飲み込んでいくのをいつも感じる。
なんだこれって設定も、暴力的な表現も、反語的な言い回しばかりで意味を汲み取るのが面倒でも、紛れ込んだ高潔な真理をぶつけてくるわけだから。ノッた役者が。
『熱海殺人事件』ではとつかくん演じる大山金太郎があいちゃんの首に腰ひもをかける心理に共鳴する要素は(普通に生きていれば)何ひとつ見当たらないし、もちろん錦織さん演じる木村伝兵衛の“捜査しがいのある事件に育てる”意義なんぞわかろうはずもない。
そのなかでクライマックスの金太郎が泣きわめくシーンで私は毎回金太郎と同じくらい泣いてた。
大音量の音楽でセリフなんて聞こえないのに。
こんな突拍子もない設定でなんで泣いてるのか自分でもわからない。共感したのか、辛いのか、哀れなのか。
でも心の中で渦巻いて口から洩れそうになる咆哮を必死でハンカチで押さえてた。
脚本に、言葉の魅力に、役者の芝居に、演出に、心地よく引き摺られたのだと、今は思う。
今回でいうと、阿南とビアンカのシーンでもそれを感じて。
元は板前であった阿南軍曹は、南海の孤島で納豆作りをする部隊の料理番。
徴兵されたからには兵隊らしく武器を持って戦いたいという思いを秘めながらも自分の任務を全うすべく手を尽くす。
食糧が足りないことを山崎少佐に泣きつくことはせず、いい仲になった現住民の酋長の娘ビアンカに調達の手伝いをさせる。
自分を一心不乱に愛するビアンカ。愛されようと健気に言うことを聞くビアンカ。手伝いをさせたことで色々知ってしまったビアンカ。
このままだと殺されることになると思った阿南は自らの手でビアンカを撃つ。
阿南は、ビアンカを殺した後にビアンカに手伝わせた内容を告白するのだけど、それが…
山崎が豚肉が食べたいと言えば現地の土人から豚に似たやつを連れてきて、ハムが食べたいと言えばハムに似たやつを連れてきて食糧にした、でも豚に似たやつもハムに似たやつもそうそういるもんじゃない、とうい告白。
めちゃくちゃです。笑
でも、戦争という背景のもと、追い詰められた状況で、原住民を愛して、でもその娘はみんなの慰み者で(要するに慰安婦)、だから愛してるけどみんなの前では突き放した態度をとってしまって、知りすぎたからからと他の人に殺されるくらいならと自分で愛する女に2発弾丸を撃ち込んだ後の阿南のその告白は、号泣しながらの告白は、内容はめちゃくちゃでも哀しくて哀しくてしょうがないです。
その後ビアンカの亡骸を抱いてその場を離れた阿南は、愛した女の命を奪ったその銃で自らの命も絶つ。
はぁ…たまらないな。
帰ってきてからちょこちょこと調べていて知ったことなんですが、つか氏は以前、従軍慰安婦について調べたことがあり、漠然と持っていた「所謂性欲処理のために生かされ、人以下の扱いを受けていた」というイメージが覆って驚いたことがあるそうです。
日本兵と愛し合い、心通わせ、駆け落ちをすることも珍しくなかったとか。
阿南とビアンカの愛の形はその想いから生まれたものだったのかも。
この舞台、どうしてももう一回観たい!と思う要因はそういうところにもあります。
一度観るとこうして色々調べるから。
そういうものを抱えてまた対峙したくなる。
必要な時代背景もザッとかき集めて飲み込みやすくなるかしらって。
恥ずかしながら私、なんでヒットラーがあんなにヨボヨボなのかキョトーーンでした。病気に侵されていたこと知らなくて。
藤山が山崎に向かって刀を抜くシーンで血盟団出身だと荒ぶるけど「けつめいだん…?」って思ったし。
そういうの少しだけど調べた今ならもっと何かを受け取れる気がしちゃうからもう一回観たくなる。
一番はとつかくんのディープ山崎が観たいからですけど。(きっぱり)
ほんっっっっっとーーーーーーにかっこいいんだから!
あ、それと今回やっと気づいたんですが、私思いのほか三浦祐介さんが好きなようです。
今キツイ時期を迎えてる三浦さんですが、届かないと分かりつつ心の中で全力で応援します。
心は寄り添いたい思いでいっぱい。
あと痺れたのは藤山扇治郎さんです。
私、観劇する際は始まり方をとても意識して観てまして。
どんなスピードでどんな手法で観客を物語へ導くのか興味があるし、私にはとても重要。
今回のこの舞台の導入は、扇治郎さんの長台詞。
特攻一番兵として敵地へ突っ込む直前に身重の奥さんへ綴った手紙です。
二度と会えない奥さんへ、自分が何のために誇りをもって笑って死んでいったかお腹の子に伝えてほしいと。
自分の死は無駄死にではない、歴史の一部だと。
とても静かに澄んだ目で、悟った声で、淡々としゃべる様に、初見では最初から号泣です私。
こんなのたまらないに決まってる。
「お国のために死ぬことが美しい」とされた狂った時代に、愛しいものを残して死にに行くのには確固たる理由が要る。
それにすがらないと自分も狂ってしまうから。いや、どっちを向こうが狂気だけど。
ディープ山崎もそのひとりで。
狂おしいほど愛している夏枝を、原爆投下地点である広島に行かせて、四十万人と共に一瞬にして死に追いやることで、「原爆投下」という恐ろしい任務を自分に許す。
四十万人の命を奪うという狂気のなかで夏枝の愛を問うことで、広島へ行き山崎の愛を受け入れる夏枝の愛を問うことで、正気を保とうとする。
そんな山崎は混沌とした狂気に、最初から最後までただひとつの「正気」だったように思えたかな。
舞台を降りるとやれ奇行だなんだと言われるとつかくんだけど、正気を演じるのがすごくハマる役者だと思う。
正義ではなく、正気。
そしてコンプレックスや自己顕示欲や情念の中の真っ直ぐな愛や逆説的な表現に満ちたつか作品に、私から見るととても面白くハマる人です。とつかくん。
とつかくん自身がコンプレックスと自己顕示欲の間でウネウネと生きている人だと思うから。
私はこの先もっとつか作品で確変する戸塚祥太が観たいと、心から思います。
「とっつーがいいのはセリフから逃げないこと。セリフをしゃべるのが好きなんだと思いますよ。」
って錦織さんの言葉が本当に嬉しい。
つかこうへい氏の紡いだ言葉を、これからもとつかくんにしゃべらせてください。
はーーーーーー!気力があったらもう3倍くらい書きたい。
書きたいというより誰かとしゃべりたくなる。ディスカッション。
23日までなのであと少しの公演になりますが、チャンスがあればぜひ。
解釈は人それぞれだし、観劇の注意事項で「考えるな!感じろ!」と錦織さんに釘を刺されるけど、考えたくなるし観た後に無性に誰かとしゃべりたくなるこの感覚を私と共有してください。笑
ではではーーー!
次は新橋演舞場だーーーーー!
殿ぉーーー!すのちゃんたちぃーー!待っててねーーー!
あ、北山も( ´艸`)