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L'origine

好きなこと、印象に残ったことなどを・・・

 


         左上から

         《薔薇》、《タンギー爺さんの肖像》           

         《器と洋梨のある静物》、《アニエールのヴォワイエ・ダルジャンソン公園の入り口》

            《パリの屋根》、《疲れ果てて》、《オリーヴを摘む人々》

 

         右【中央】

         《糸杉》

 

         糸杉を中心に右側

         左上から

         《サント=マリー=ド=ラ=メールの風景》 、《麦わら帽子の自画像》

         《農婦の頭部》、《ジャガイモを食べる人々》  

         《麦畑》、《サン=レミの療養院の庭》

         

        以上の大きなポスターがありました!

        パノラマで撮ればよかった・・・( ノД`)シクシク…

             

 

 

 

 

Vincent  van  Gonh

ゴッホ展

 

人生を変えた二つの出会い

 

上野の森美術館

2019.10/11ー2020.1/13

 

 

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Vincent  van  Gonh <1853-90>

フィンセント・ファン・ゴッホ

 

 強烈な色彩で人々を魅了し続ける画家、ゴッホ。。。

 37年という短い人生で学科として活動したのはわずか10年。

 その中で人生を変えた二つの出会いがありました

 

 27歳で画家として生きることを決意したゴッホを導いたのは”ハーグ派”

 農村で静謐な筆致で描いたハーグ派から画家としての基礎を学びました

 その後パリに出て、”印象派”と出会い躍動する色彩のとりことなりました

 

 

 《糸杉》、《麦畑》、《オリーブを摘む人々》、《薔薇》など

 晩年のゴッホが重要なテーマとして挑み続けた作品、約30点の展示

 マウフェ、セザンヌ、モネなど印象派を代表するハーグ派の巨匠の作品約40点の展示

 

 《パリの屋根》の日本初公開など、

 10か国・地域、25か所の世界中から貴重な作品が集結

 

 

 

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先月...

DAIと訪れたゴッホ展、

前売り券を購入済で、

やっと・・・観ることができました

 

 

《糸杉》は好きな作品のひとつです

この絵を観ると懐かしく思い出す風景があります

GWのころ何度か足を運んだ場所。。。

DAIが院生のときに学んでいた、

研究施設敷地内

その近辺の街風景です

 

 

 

静謐”ハーグ派” と 躍動の”印象派”の

人生を変えた二つの出会いにより

短く濃密な10年間の作品の鑑賞でした♪

 

 

 

 

 

 

 

 

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    南北東西活路通 

 

 

       

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 「かん」


  南北東西かつろをつうず

 

 

 

   南北東西どこへも

   道は通じ自由自在の境地に抜け出る

 



 

   

   関   悟りへ続く関所

   活路 生きられる道・助かる道



 

 

 

大徳寺の開山、

大灯国師は師の大応国師から与えられた、

 

この「雲門の関」の公案に非常に苦しまれて

ようやくそれを通過されたときに

 

『投機の偈』のことばを作られた。


 


 

  一回透得雲門了   ひとたび 雲関を透得し了って


 

  南北東西活路通   南北東西 活路通ず


 

  夕処朝遊没賓主   夕処朝遊 賓主を没し


 

  脚頭脚底起清風   脚頭脚底 清風を起す



 


 


 

  一度雲門の関を透過してしまえば、

  後は東西南北どこへでも自由に道が続いている

  賓主もなければ、迷いも区別もない

 

  頭の上から足の先まで清風がかけぬけるような、

  すがすがしい世界がある

 


    
 

 

                    L&#39;origine


 

    

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 <茶道覚書>

 

11月最初の稽古

炉開き

 

初炭

薄茶

壺飾りの練習

     

 

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 関。。。

 "風炉"から"炉"へ繋がるように・・・、

 

 




  
  

DAIの台湾のお友だちから頂いた、

🍍パイナップルケーキ




 

(o^-')b

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没後90年記念 岸田劉生展 東京ステーションギャラリー-1

麗子肖像(麗子五歳之像)

1918年10月

 

 

 

 

岸田劉生展

 没後90周年記念

 

 

2019.8.31-10.20

 

東京ステーションギャラリー

TOKYO STASHTION GALLERY

 

 

 

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岸田劉生 <1891-1920>

 

日本近代美術の歴史において

最も独創的な絵画の道を歩んだ孤高の存在

 

 

明治の先覚者・岸田吟香を父として東京・銀座に生まれ、

父の死後はキリスト教会の牧師を志しますが、

 

独学で水彩画を制作するなかで、画家になることを勧められ、

黒田清輝の主宰する白馬会葵橋洋画研究所で

本格的に油彩画を学びます。

 

雑誌『白樺』が紹介する「後期印象派」の

画家(ゴッホ、ゴーギャン、マティスら)を知り、

大きな衝撃を受けます。

 

1912年には、

斎藤与里、高村光太郎、萬鐡五郎らとともにヒユウザン会を結成、

強烈な色彩と筆致による油彩画を発表します。

しかし、画家としての自己の道を探究するために、

徹底した細密描写による写実表現を突きつめ、

その先にミケランジェロやデューラーら西洋古典絵画を発見、独創的な画風を確立します。

 

1915年には、木村荘八、椿貞雄らとともに草土社を結成、

若い画家たちに圧倒的な影響を与えました。

また、最愛の娘・麗子の誕生を契機に、

自己のなかの究極の写実による油彩画を志します。

 

その後は、素描や水彩画、日本画にも取り組み、

再び油彩画に「新しい道」を探究しはじめた1929年、

満洲旅行から帰国直後に体調を崩して、

山口県の徳山において客死しました。享年38歳


 

 

ひとつの到達点にきたら画風を変え、

また新たな作風へと展開させ続けた岸田劉生。

 

 

日本の近代美術の歴史は、

フランスの近代美術を追随した歴史であったとされます。

岸田劉生は、初期から晩年に至るまで、

自己の価値判断により歩む道を選択し、自己の絵画を展開しました。

岸田劉生の作品や姿勢、活動は、同時代の若い画家の指標ともなり、強い影響を与えました。

 

 

 

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先月20日に終了した展示

 

代表作である娘・麗子を描いた、

《麗子像》も多数展示されていました。。。

 

様々な画風を持つ岸田劉生の絵画を改めて

堪能しました。。。

 

 

 

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白珪尚可磨
 

      はっけいなおみがくべし



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  完全無欠の白い玉も なお磨きなさい

禅も茶の道も完成は無い

さらに向上を目指して努力をしなさい・・・



  白珪:上が丸くしたが四角い上円下方の形をした
      見事な玉のこと




 茶道も日々勉強の積み重ね・・・
努力をしていかなければならない

       
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<茶道覚書>

行之行台子(ぎょうのぎょうだいす)

 別名”乱れ荘”
  
先日、研究会の科目の点前で 
奥秘の基礎となる
行之行台子のお稽古でした。。。





 

 

 

 

 

 

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🍇🍇🍇

 

 

 

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🍐🍐🍐

 

 

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🍇🍇🍇

 

 

 

 

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🍇シャインマスカット🍇 山梨

🍐秋麗🍐 フナッシーのいる県<千葉>

🍇ピオーネ🍇 尾道

 

 

知人や仕事関係などでいただき、

有難く、美味しくいただきました~

😋😋😋

 

 

 

ヾо(ж>▽<)y ☆

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