私はヘンレを使うが、シュナーベル版とアラウ版を比較しながら進めた。
これらの楽譜は、今は高すぎて、なかなか買えない(3分冊で、各1万円もすると、厳しい)が、
よく考えれば、園田高広エディションの1曲1,000円と同程度ではあるし、誰もが参考にする楽譜ではあるから、
一度奮発して買ってもよいのかもしれない。
冒頭の3小節目にtranquilloを入れていたり、
シュナーベルの楽譜は、本当に指示が細かい。
楽譜から、これほどまでに音楽を感じることができたのか、と思うと、頭が下がる思いがする。
もちろん、ベートーベン自身の楽譜も非常に緻密で、フレーズや音価の一つひとつに意味がある。
フランソワは、「ベートーベンの音楽が如何にくだらないかを示すために、
私は三大ソナタの録音を行った」といったそうだが、
私も確かに、ベートーベンのsubito pianoの処理を、楽譜通りに行うのは違和感を感じる。
しかし、シュナーベル版もアラウ版も、subito pianoの直前にフォルテの記号を補って、
ベートーベンの様式を守るように強調している。
シュナーベル版の特徴は、曲想が変わるとテンポ指定が細かく変わる所である。
最後のフーガは、自分ではインテンポで弾いているつもりが、♩60から♩80ぐらいまで、どんどん加速する。
加速しないと遅く聞こえてしまうのである。
しかし、そうすると、ト短調の嘆きの歌の後で、「フーガのテンポに戻る」という指定が、
どのテンポに戻るか、というのが問題となる。
H先生は、シュナーベルの説とは異なり、♩60に戻ってから♩80に再度上げていくのが良いとおっしゃっていた。
しかし、こういう分析をやると、感動を生むか、というと、必ずしもそうでもないと思う。
歌心と分析、そして運動機能の結合は、奇蹟的な出来事であるかのようだ。