**【登場人物】**(人じゃないけど)
ネコ とても教養のある立派なネコである。
ネズミ 名前はないでチュ。
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一匹のネズミが追い詰められた。巨大な影がその小さな体に覆いかぶさり、勝ち誇った声が響き渡る。
「ニャーハッハッハ!吾輩の名はトム!猫を英語で言うと キャット。つまり、トムキャットだ!どうだ、カッコイイ名前であろう!
どうだ、吾輩は物知りなのだ!幸運なるネズミよ、この知性と気品を兼ね備えた俺様の胃袋に収まることを、心の底から喜びやがれ!」
トムは胸を張り、ツメをきらりと光らせた。
ネズミは震えながら考えた、この局面をどうやって乗り切ろうかと、そして言った。
「まって!……ネズミは、……ネズミは英語でなんというのでチュか?」
トムは鼻で笑った。あまりにも愚かな質問に、一瞬拍子抜けしたほどだった。
「ニャー!!そんなことも知らんのか!いいか、よく聞け!ネズミは英語で マウスだ!この程度の教養もないとは、おろかなネズミめ!」
トムが勝ち誇ったその瞬間、ネズミは深刻な面持ちでこう切り出した。
「ああ、トムキャット様、あなたのような教養のあるお方に食べられるなんて、本当にありがたいことでチュ……。でも、その前にひとつだけ気になることがあるんでチュ。このあいだの健康診断で、コレステロールの摂り過ぎに注意するようにって言われてませんでしたでチュか?」
トムの動きが、ピタリと止まった。全身の毛が逆立つような衝撃が走る。
「ニャ、ニャーにぃーっ!?な、なぜ、貴様ごときがそのことを知っているのだ!?」
「あ!・・犬です。」
「何 !! 犬だと、吾輩は犬が苦手なのだ!どこだ! 犬はどこにおるのだ!?」
「……犬は、……犬は英語でなんというでチュか?」
「ニャー!びっくりさせるでない!犬は、……犬はたしか、ドッグ、そう ドッグだ!で、何の話だったかニャ?」
「ええと、これまでの話はでチュね。私のようなネズミ、つまり動物性のたんぱく質ばかりを摂取していると、偉大なるトムキャット様の健康を害してしまう恐れがあるのでチュ。……ズバリ!高貴で健康志向のトムキャット様に今ぴったりの食べ物は、大豆プロテイン・でチュよ!」
「だいズ…プロていん……?なんだ、それは?」
トムは思わず身を乗り出した。初めて聞くその響きに、プライドも忘れて興味をそそられていた。
「大豆を原料にした、植物性たんぱく質でチュ!低脂肪なのに栄養は満点!さらに、めっちゃ美味《おい》しいんでチュ。
「正確には、大豆プロテイン(バナナ味)でチュ!」
「バナナ味なのか?サルという動物が好んで食べるというアレのことだな?サルを英語で言うと……ん? 何だったかニャ?」
「はてニャ? サル……サル…… 英語で、サル?」
「それは、(バナナ味)でチュ! 高貴なあなた様にふさわしい、その美味しさといったら、ほっぺが落ちるでチュ!」
ネズミはそう言うと、器用に前足を上げ、部屋の隅に鎮座する大きな銀色の箱を指し示した。
「あの銀色のキャビネットの中に、その大豆プロテイン(バナナ味)が入っているはずでチュ。」
「ボクを食べるのは、いつでもできるでチュ。その前に、まずは一口、味見をしてみてはいかがでチュか?」
「ふ、ふん!吾輩がそんなものに興味を示すとでも思ったか!……だが、まあ、味見だけしてやらんこともない!」
トムは、必死に平静を装いながらも、銀色のキャビネット……すなわち、冷蔵庫へと向かった。重い扉に前足をかけ、渾身の力でぐいっと引っ張る。ブーンという低い音と共に、中から冷たい空気が噴き出してきた。
「その棚の上の方でチュ!光り輝くパッケージに入っているはずでチュよ!」
「う、うむ……。どれだ……?」
「もっと体を滑り込ませないと、大豆プロテイン(バナナ味)に届かないでチュよ!さあ、あと少し!」
トムは言われるがまま、頭から冷蔵庫の中に突っ込んでいく。ひんやりとした空気が毛皮を撫で、思わず身震いした。
「ニャー!ニャンだか寒いぞ!本当にこんなところにあるのか!?」
「もちろん!おいしい大豆プロテイン(バナナ味)を味わうためには、少しくらいの障害は仕方ないでチュよ!頑張るでチュ!」
そして、トムが棚の奥を覗き込もうと、完全に入り口から体を滑り込ませた、その瞬間だった。
背後で小さな影が動いたかと思うと、ネズミはありったけの力で扉に全体重をかけて体当たりした。
ガッシャーン!
重々しい金属音が響き、扉は固く閉ざされた。中からトムのくぐもった叫び声が聞こえるが、分厚い扉に阻まれて虚しく響くだけだった。
「これで一件落着でチュ」
ネズミは小さく鼻を鳴らすと、悠々とその場を立ち去った。
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数時間後、家の者が「なんだか冷蔵庫から変な音が……」と扉を開けたことで、トムはカチコチになりながらも奇跡的に一命をとりとめた。だが、すっかり懲りた彼は、もう二度とネズミを捕まえて食べるのはごめんだと思った。いつももらえるキャットフードの方が、ずっと美味しくて安全だということに、ようやく気づいたのである。
それにしても、『大豆プロテイン(バナナ味)』とはどのような食べ物であったのか?
なぜ、そんなものを食べたいとおもったのか、トム・はすっかり忘れてしまっていた。
【 お し ま い 】
