art&business blog

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アートとビジネスという、一見すると相反する要素をテーマにブログを書いていきます。自分の中でアートは“理想・情熱”であり、ビジネスは“現実・生きる手段”。二つの矛盾する要素の中で折り合いをつける方法を模索していき、同じような方々に情報提供出来ればと思います。

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皆さま、こんにちは。

久々の更新となります。

 

今日ヤフーニュースを見ていたら

とても自分の感情に突き刺さったものがありました。

そこで、その内容を皆さんにもご紹介したいと思います。

※記事のリンクは最後に記載しておきました。

 

 

記事自体の内容は2016年に相模原市で起こった

「津久井やまゆり園」の殺傷事件関連のものになります。

 

そこで親族の方が現在の心情を語るものですが

 

「掲載されている被害者の方の生前の写真」と

「親族(被害者の父親)の方の言葉」を併せて読むと

私個人にはとても感情に訴えるものがあったのです。

 

引用元・・https://mainichi.jp/articles/20170722/k00/00m/040/209000c

 

引用元・・https://mainichi.jp/articles/20170722/k00/00m/040/209000c

 

引用元・・https://mainichi.jp/articles/20170722/k00/00m/040/209000c

 

感じ方は人それぞれでしょうが

私自身はこの写真や父親の言葉から

上辺だけではない深い愛情を感じ取りました。

 

本当に愛しく大切に思っていたのではないかと思います。

 

同時に人の命についても考えさせられます。

 

 

人が亡くなるというニュースは毎日のようにありますが

その人々それぞれに

人生や人格や個性や好みや家族や愛情等がある。

 

日々膨大であるが故に

“情報”として受け取っていただけのニュースの数々も

 

こんな「写真」と「家族の言葉」で

自分自身はリアリティをもって感じました。

 

 

この事件自体の事は

マスコミの報道レベルでしか知りませんが

単純に記事と写真を見て、私自身はそう感じたのです。

 

最後に記事のリンクも記載しておきます。

https://mainichi.jp/articles/20170722/k00/00m/040/209000c

https://mainichi.jp/articles/20170722/k00/00m/040/208000c

※短いですが2記事あります。

※上記は毎日新聞の物ですが、ヤフーにも記事自体は掲載されていました。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

p.s.こちらはおまけです…

 

 

 

 

 

 

 

※猫の里親探しをしてる方から頂いたメッセージです。

埼玉県川口駅東口・毎週日曜日の13~16時頃に担当の方がいるそうです。

近くにお住まいの方、猫が好きな飼いたい方いたらご検討お願い致しますm(__)m

 

 

拡散お願いします!!
仔猫ちゃん達の命がかかってます。
 

ブリーダーが潰れたので売れ残った
猫ちゃんたちが100匹くらいいます。
 

1月か2月に引き取り手がいないと殺処分になるそうです。
1つの場所にすでに集められています。
種類と性別を伝えるとそこから出してもらい、
会える状況だそうです。
 

 

種類は以下の通り
チンチラ
ペルシャ
スコティッシュ
アメリカンショートヘア
ブリティッシュショートヘア
アメリカンカール
シンガプーラ
ベンガル
 

 

避妊手術代とワクチン代は手が回らないので
引き取られる方に負担をお願いしているそうです。
女の子30000円、男の子25000円
ほとんどの仔猫は一歳前後だそうです。
 

毎週日曜日午後1時から4時ごろまで
川口駅の東口の駅前に、里親探しの人たちが
猫ちゃんたちといるので、
そこまで足を運んでもらえると助かります。
 

直接里親探しの方とお話をしてもらって、
後日引き取るという形です。
天候によっては連れていけないこともあるとのことです。
 

拡散希望!
お近くで猫飼いたいなぁ、とお考えの方がいらしたら
是非よろしくお願いします。
大事な命 ご縁が繋がりますように…
 

 

※画像はイメージです。
引用元・・https://jp.pinterest.com/…/%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%81%E3%…/
http://tamagazou.machinami.net/kawaguchiekishuhen.htm
 

新年あけましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いします。

 

新年という事で

今年の個人的な考えや目標をこのブログにも

記していきたいと思います。

 

 

私はここ数年主に“自由”を目指して

活動しています。

 

まだまだ活動量も足りないし

亀のような歩みなので

本当に少しずつ、少しずつなのですが

小さな“形”となって表れ始めてきました。

 

具体的に言えば

会社からもらえる収入以外に

自分の力でも収入源を作るという事です。

 

最初にこういう考え方に触れたときは

正直言って信じられませんでした。

 

仮にそういう方法があったとしても

誰もが出来るものではないと思ったし

現実感が全く無かったです。

 

頑張ってもお小遣い程度を稼ぐというのが

その時イメージ出来る限界でした。

 

ただ、そういう価値観に触れた時に

信じられないと思う反面

とても興奮したし光というか希望が見えた気がしました。

 

 

ずっと小さいときから

“普通”の価値観が苦手でした。

 

普通=多数=常識=圧力

(あえて≒ではなく=にしてみました)

 

大人から子供までこんな価値観が圧倒的で

違和感が常にありました。

 

子供時代はある意味自由なので

そこまで突き詰めなかったけど

ある一定の年齢になると嫌悪感すら抱きました。

 

 

勿論ある程度の強制力は必要だと思いますが

個々人の生き方にすらそんな“圧力”をかけられることに

吐き気すら催します。

 

私はたとえ金銭的に問題がなく社会的地位があったとしても

そんな価値観の中では生きた心地がしないし

生きている意味が見いだせないのです。

 

人には向き不向きが絶対的にあると思います。

 

私は世間一般的に“常識”とされている生き方では

生きていけない。

生きていけてもそれは“私の人生”ではない。

 

私の人生を生きていくのに金銭がどうしても必要と悟ったとき

自分の力でも収入源を作れるというのは本当に光でした。

 

 

まだまだ乗り越えるべき壁や課題は多いですが

私は最初の大きな障害を乗り越えようとしていると思います。

 

金銭面だけでなく

色々な意味で早く自由になりたいのが今の本音です。

 

これからも様々な障害が目の前に立ちはだかると思いますが

この一番最初の壁が一番険しくきつい気がします。

 

あとほんの少しで登り切れます。

あとほんの少しで諦めてしまう人も多いと言われますが

今年、2017年はこの壁を登りきる年にしたいと思います。

 

最後までお読み頂けたならありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“働く事とがん治療の意外な心理的共通点”

 

このタイトルを見て???と思った方は多いと思います。

 

なぜ、こんなタイトルを付けたのかを最初に端的に言ってしまうと

末期がん治療に関する記事を読んで

文字通り“働く”という行為と共通点があると思ったからです。

 

まだよくわからないと思うので

これから詳細に説明していきます。

 

 

その前に私が読んだ記事はこちらです。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48082

 

週刊誌掲載の記事ですがとても考えさせられるものであり

一読の価値があると思います。

(記事を先に読んで頂いた方が話もわかりやすいと思います)

 

記事そのものはからは

がんという病気や命や宣言された後の治療等

冗談も多少加えながら書かれているものの

色々と重く考えされられるものがあります。

 

ただ、今回はがんそのものについて語りたいわけではなく

あくまでもその記事を通して見つけた&感じた

前述の通りの私なりの共通点について書いていきたいと思います。

 

共通点というと語弊があるかもしれませんが

あくまでも治療を行うときの考えや向き合い方に対して

共通点を見つけたという事です。

 

 

前置きが長くなりましたが本題に入っていきます。

 

記事を読んで頂くとわかりますが

がんというものは治療の選択肢も沢山あるようです。

(記事を書いてる筆者の方は末期癌との事でした)

 

手術や放射線治療等の標準治療に加えて

代替療法と言われるいわゆる

民間療法的なものもあるようです。

 

2015年に亡くなった川島なお美さんも

民間療法を行っていたことが一部で話題となりました。

 

そこで難しいのがそれぞれに一長一短があり

治療に対する個人差もある為

これがベストという結論を出すのに迷うという事です。

 

普通に考えれば科学的なエビデンスもある

標準治療を受けていれば良いと思うかもしれませんが

標準治療一つとっても

医者によって言う事が違う事があるそうです。

 

さらに標準治療は後遺症を伴うものもあり

末期言う事で

様々な療法を悠長に試している時間的な余裕もありません。

 

絶対的正解と時間的な余裕がない中で

自分自身が最終的には

どんな治療をするかを選択しなければいけないのです。

 

 

そうするとどんな事が起こるのか。

 

筆者の方も書いていますが

最後に治療を選択する際には

“自分自身の人生観”と“納得感”が問われるという事です。

 

つまり、絶対的な正解がないなかで

最後に問われるのは

自分がどう生きたいかとそれに対して納得できるかどうか。

 

例え痛みや後遺症があったとしても少しでも長く生きたいのか。

それとも痛みや後遺症を背負ってまで延命するくらいなら

ダメージの少ない療法を選んであとは自然に任せるか。

 

自分の人生観や生き方に対するしっかりとした考えがないと

選択することができない深い問いかけです。

嫌でも自分自身と哲学的に向き合わなければならないと思います。

 

 

私自身が働くという事と同じだと思ったのは

この哲学的に自分自身と向き合う部分です。

 

現代は“働く”という事に対して

様々な選択肢が存在する時代だと思います。

 

勿論、昔もどの企業に就職するかなど

選択肢はあったと思いますが

今は働き方そのものに対しても人それぞれ価値観が違ってきています。

 

一般的な価値観では今でも有名大学を出て

有名企業に就職するのが良いとされていますが

そんな価値観に違和感を感じる人もいると思います。

 

私もそんな“敷かれたレールの上に乗る”ような価値観に

小さなときから疑問を抱いていました。

 

確かにレールの上に乗った方が精神的にはみんなと一緒で

安心するかもしれないし

世間的に認知されている方法だから安定感はあるかもしれない。

 

でも本当にそれで良いのだろうか。

自分の人生を生きていると言えるのだろうか。

そのように生きて最後に死ぬときに後悔はないのだろうか。

 

まさしく突き詰めていくと

働くという事も

“自分自身の人生観”や“納得感”が問われることとなるのです。

 

 

誤解のないように書いておくと

大学を出て企業に就職して結婚してのような

一般的な価値観を否定しているのではありません。

 

それはそれで利点もあるし

価値観の一つとして良いと思います。

 

ただ、まだまだそれしか生き方の選択肢がないような風潮が

世間一般には蔓延している。

 

だから真剣に働く事や生き方を考えていくと

悩む人もいるのではないかと思うのです。

 

私自身も本当に若い年齢の頃は

悩んだ時期がありました。

 

あまり突き詰めて考えないで

レールの上を走れば良いだけかもしれませんが

どうしてもその頃は自分自身と向きあわなければならない心境でした。

 

まさしく例えはあまり良くないのかもしれませんが

がんの治療を選択するのと同じく

自分自身と向き合って哲学的に問いかけていたのです。

 

長くなりましたが

そんなことが週刊誌掲載のリンク先記事を読んで

自分自身気づいたというか

その問いかけの姿勢に最初に書いた通り共通点を見出したのです。

 

それまではその悩んでいる状況を上手く言葉にできないというか

悶々とした感じでしたが

働くという事はやはり人生や生き方の大きな部分を占めているからこそ

あそこまで悩んでいたのかなと今になって思いました。

 

 

がんの治療と働く事を一緒にするなとか

とにかくお金がないと生きられないのだから

甘えた事書くなとかいろいろ読む人によってあるかもしれませんが

 

あくまでもその自分自身と向き合う心境に程度や状況の違いはあれど

共通点というか

今になってハッと気づかされるものがあったのは事実です。

 

 

色々と思いのままに綴っていたら長くなってしまいましたが(笑)

もし最後まで読んで頂けた方がいたのなら

長くまとまりのない文章を読んでくれてありがとうございました(^^)

 

因みに誰かに向けてと言うより

自分自身の独り言的な感じで今回は書きたかったので

思いのまま本音で書かせてもらいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近所のスーパーが閉店することになりました。

 

客観的に見れば何の変哲もない

ごく普通のありふれたスーパーです。

 

強いて特徴をあげろと言われれば

約50年の歴史のあるスーパーであり

今でも“昭和”の匂いのするところが特徴かなと思います。

 

近所にあるということで

私にとっては身近な存在であり

.ちょっと古臭いけど懐かしい雰囲気もある店内になっています。

 

そしてそれは私にとっては記憶に繋がっている場所でもあります。

 

小さいときは今は亡き祖母や祖父と訪れ

大人になってからも

無意識のうちに利用していたスーパーでした。

 

経営母体は大手の企業ですが

地域に根付いていて歴史がある為か

大げさに言うと“文化”も感じさせる所もあります。

 

洗練はされていないけど

地域になじんで温かみがあり

ホッとするような場所。

 

そんな場所がいざなくなると

寂しく思うものなのです。

 

人が人に感情移入するように

物や場所にも人は感情移入する。

 

寂しく思うのは

小さい時の懐かしい思い出と繋がっているからであり

量販店のような画一的で殺風景な雰囲気ではなく

良い意味で味があって温かみがある場所だからかもしれません。

 

いざ、スーパーが無くなるまでは意識しませんでしたが

とても身近な存在でずっと存在していた分

多くの記憶に結び付いていることがわかりました。

 

たかがスーパーなのですが

記憶に深く結び付いている分寂しい。

 

私の住んでいる地域は駅前に行けば

今時のオシャレなビルも立ち並びますが

こんな味のある懐かしい場所も少しは残して欲しいものです。

 

最先端や利便性も大切ですが

大げさに言うと

古き良きものも上手く生かしていける社会だといいなと

個人的には思いました。