今日たまたま幼児虐待のニュースを読んだ。
大阪で1年前に起きたものと
同じく大阪で今年6月に起きたもの。
後者の事件の容疑者のブログを見た。
ニュースでもあるように
子供の事を愛しているように見えた。
2人目の子供にも恵まれて
幸せだったんだろうな。。
いつから事が変わってしまったんだろう。
あんなにも愛していたはずの子供を
見殺しにできるなんて信じられない。。
でも全てが容疑者の責任?
育った環境
子育てサポート
母子家庭のサポート
こういった物の欠如も
事件の背景にはあったんじゃないかな。。
もちろんこれを理由に言い逃れはできない。
でもそういった日本の社会の問題点も
考えなきゃいけないと思った。
前者の事件は後者とは違う印象を受けた。
子供の実母と内縁の夫。
まるで虐待を楽しんでいるかのようだ。
暴力をふるい、食べ物も与えず
太ももが腫れ上がるほど殴り
衰弱して行く一方の子供の写真を撮り
浮浪者のようだとバカにする。
ベランダに放置されていた聖香ちゃん(被害者)は
亡くなる直前に「ひまわりを探しているの」
と言っていたらしい。
その後ベランダに放置されたままで
被告に「まだここで寝んの」と聞かれ
「ここで寝る。おやすみなさ」と答え
その後息を引きとったらしい。
食べ物ももらえず
ひたすら続く暴力で
きっと意識なんてはっきりしてなかっただろうね。
朦朧とした意識の中で
ひまわりを、幸せを探していたんだね。
Rest in Peace...
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難しい事なんて一つもわからない。
今の私の持ってる悩みなんて
恋愛と就活、たまに勉強。
子供を産むのもきっと5年10年先の事だと思う。
だからこそ子供を育てる事の大変さなんて
きっとこれっぽっちもわかってない。
だけど虐待のニュースを聞く度に怒りが湧く。
前者の事件の被害者は2歳と3歳。
後者の事件の被害者は9歳。
まだまだ手のかかる年齢で
もちろん大人の助けがなくては生きて行けない。
そんな中大人に裏切られ放置され暴力を振るわれ
それでもきっと心のどこかに
「いつか助けてくれるだろう」
そんな期待はずっと持ってたと思う。
両方のニュースに対するコメントを見て
色んな考え方があるんだなと思った。
・被告は死刑に相当する
・生かしておいて同じ目に合わせるべきだ
・死んで可哀想て安易に同情するけどさ、
未だ死ねて無かったらどれほど酷い目に遭い続けたろう?
身体に障害が残り脳に障害が残り精神に異常をきたし、
それでもなお生物的に生きてる意味が有るのか? (コピペ)
3つ目の観点は私にとって全く新しいもので
色々と考えさせられた。
被告が死刑に相当するか
こんな鬼畜に税金を使い生かしておくか
被害者の子供がもしも生き延びて
よりヒドい目に合う事を考えたら
「亡くなって可哀想」の一言では片付けられない
より広いビジョンで物事を考えなくてはいけなくなる。
とても難しい問題だ。
きっと私の考えなんて
紙っぺらの様に薄いだろうけど
こんな私にもできる事があった。
署名活動。
虐待致死傷罪制定及び虐待防止社会に向けての請願署名
http://www.shomei.tv/project-1084.html
一つでも多くの子供の命が救われるように
一つでも多くの失われた子供が報われるように
彼らの命を無駄にしないためにも
是非署名活動に参加してみてください。
私はこの団体のメンバーでも関係者でもありません。
ただ単にこういった事件を減らすためにも
参加してみてください。